Part2 2.まだ見ぬ未来
人にしてみれば、そこまで作為された出逢いではなかった。
しかしこの出逢いこそが、薄幸な二人の少年に、やがて歴史における大任を担わせることになる。
――その一番最初の、布石となったのである。
「ラルフ様のお力は、ガルシア様にほぼ匹敵なさいます。まさかあれほどの魔力を持つお方が世に二人もおられようとは、このピエトロ、夢にも思いませんでした」
「ご性情は、控えめでいらっしゃるようだけれど」
感嘆して語る魔導士に対し、シェラは相変わらずの無表情である。
「はい、おそらくはこれまでのご不幸によるものかと……
しかし、生来のご気性でもあるのでしょう。わたくしどもは皆、お二人ともご主人の心づもりでおりますが、ラルフ様にはどこか、ガルシア様に譲られるところがおありのようです」
「……結構だこと。親しきご学友といえど、未来の魔天王には臣下となられるのだから」
(今からともにあれば、ご成長の暁にはこれ以上頼みとなる相手はいない……)
シェラは魔導士に向き直ると、静かに言った。
「よろしいですね、ピエトロ殿。
昔、公爵家に仕えておいでだったあなたをここへお迎えしたのは、すべてあの方の王たる資質を磨くため。よく心得て、ご指導くださいますように」
「ははっ。お二人とも、必ずや当代一のウィザードとなられましょう」
「頼みましたよ」
ピエトロは礼をして、シェラの部屋を出ていった。シェラはふと、窓の外を見る。
(――魔術に限らず、いずれ剣技も学問も。音に聞こえた者を揃えて、ご教育申し上げる)
窓の向こうで、子犬のようにじゃれて遊ぶ、二人の姿が見える。
(レ=オン様に生き写しのガルシア様。きっとこのわたくしが、王位へお導き致します……)
王宮から遥か遠い僻遠の裾野で、一人の老いた女の決心が、大いなる運命の歯車を動かしつつあった。
――
少年たちの生活は単調ではあったが、平穏で幸福な毎日だった。
どこからか招かれてやってくる、さまざまな種族の大人たちが、二人にありとあらゆる知識と技を授けていく。
普段屋敷に仕える者はほとんど女ばかりで、シェラを除く侍女は白魔族の、若く美しい娘たちだった。彼女たちは主人の力を恐れることはまったくなく、ラルフは今までに与えられたことのない充足感を感じ、時には優しい腕に抱かれて眠った。
下働きの者から侍女、教育係まで、自分を恐れる者も敬わない者もいない。
誰より、唯一の「友」がラルフの心の支えとなっていた。
ラルフとガルシアとでは、魔力のほかはまったく正反対だった。絶望することばかりを覚えていたラルフに対して、ガルシアは欲するすべてをその手に得るまで、諦めることがない。
だがその事実が、ラルフにとって友をより重い存在にした。
ガルシアも同様だった。
初めて知った己と同等の存在は、ガルシアには自身の力以上に得がたい宝だったのである。見も知らぬ肉親を恋い慕うよりも、自分には自然の感情だった。
二人は互いを頼みとし、友として兄弟として家族として、年を重ねていった。
「これが、母上の形見だ」
ある日、ガルシアは屋敷の奥の一室で、ラルフに黄金のチョーカーを見せた。物置になっている部屋の奥にしまわれていた物で、薄暗い室内をほのかに照らす。
「父上が、これに魔力で通じる物をお持ちらしい。詳しくは知らぬ」
「……母君は、白魔族だったのだろう? 私の父上と血縁の」
「そうだ。私の肌色は、母上から受け継いだらしい」
手に持ったチョーカーを見つめているその顔は、確かにラルフが知る黒魔族とは、異質の白さだった。
「顔立ちは父上そっくりだと、皆言うがな」
「どんな方だ?」
「知らぬ。会ったこともない」
ラルフは友の横顔を凝視した。まるで翳りのない表情である。
「母上も知らぬ。生まれてひと月で離されて、三年後には亡くなられた」
「……寂しくないのか?」
「別に。肖像画を見るに美しい方だとは思うが、私は憶えておらぬしな。死んでしまわれたのでは、どうしようもない」
ガルシアはラルフに視線を移した。
「お前は母君に会いたいのか?」
「――どうせ会えぬ。それに、父上も母上も私がお嫌いなのだ」
ラルフは目線を床に落とした。ガルシアはじっと友を見る。
「……会えるかもしれぬぞ」
「え?」
「私はいつか、王宮に還る。相手が公爵ならば、きっと会える」
ラルフは驚き、友を見返した。
いつか、王宮に還る。
定められているかのごとく当然といった顔つきで、ガルシアは笑って言うのだ。
「その時には、お前も一緒だ」
ガルシアはチョーカーを布にくるみ、元の引き出しにしまう。
「部屋に戻るぞ。そろそろ、シェラが呼びに参る」
そう言って、物置部屋を出ていく。
ラルフはまだ驚きの目をしたまま、ガルシアのあとをついていった。
いつか、王宮へ。
友の言葉は、まだ見ぬ未来に真実として通じているような気がした。




