Part2 金の炎帝 1.邂逅
私は父を知らぬ。
私は母を知らぬ。
二人の愛を、私は知らぬ。
ただ、母は――私をひと目見て、涙したのだという……
――
「よろしいですか、ガルシア様。
ガルシア様のお父上は魔天王陛下、お母上は魔天公爵のお血筋の方です。
ガルシア様は、お二人の王の血をそのお体に受け継いでいらっしゃる、唯一人の方。誰より高貴な、王の血を持っておいでなのです」
幼いころから繰り返し、鋭い目をした中年の侍女長はガルシアに語った。
「いつか、王宮は真の王を――ガルシア様を、お迎えすることでしょう」
ガルシア・ル・ヴァーツ。それが、彼の最初の名である。
白魔族の血を引く王太子の庶子が、王族籍に入れられるわけもない。魔天王ドルアーグの手配により、辺境のヴァーツ伯爵の庶子として貴族籍に名が刻まれた。母親は、架空の平民となっている。
己の出自を物心つく前からシェラに知らされていたが、ガルシアは自身の境遇を哀しんだことはなかった。
父も母もいなかったが、自分のほかに子供が側にいないため、親の不在を当然のものと受け止めていたのである。
森に囲まれ、町からも遠く隔たった広い屋敷。シェラと、白魔族の侍女たちと侍従と、様々な教育係と。
たった二十人足らずのこの世界が、幼いガルシアのすべてであった。
王子として認知されていなくとも、不満はなかった。日々の暮らしに不足のあるわけでなし、何よりも、自分は一人で愉しむことができたからである。
師である白魔族の老魔導士は、驚嘆して言った。
「なんと、強大無比な魔力を有しておられますことか。レ=オン陛下をも凌ぐ術者となられることに、相違ありますまい」
そしてガルシアが四歳になっていたある春の日、邸内は何やら朝から騒がしく、皆取り込んでいる様子だった。
ガルシアは裏庭で、魔術の光球を作りだしては空高く飛ばし、いつものように遊んでいた。
「浮光球!」
小さな両の手の平から、その体とほぼ変わらぬ大きさの光球が生まれた。光球は一瞬輝いて黒いローブを照らし、次の瞬間には空を切り裂く速さで前方に飛んだ。
光球が庭を囲む茂みに当たる直前、光は霧散し、消滅した。
「……!?」
ガルシアが驚いていると、茂みの向こうから、見たことのない者が現れた。
自分と同じぐらいの背丈の、白い肌、白い髪、白い衣の少年。侍女たちと同じ、角を持たない白魔族だ。
空色の、もっと澄んだ瞳を見開き、ガルシアを見ている。
「――光弾!」
ガルシアが放った光の矢は、少年目掛けて宙を飛んだ。が、やはり少年に当たる直前で掻き消えた。
ガルシアと少年は、驚きの目でお互いを見つめ合った。
「……ふん……?」
ガルシアは、にやりと笑った。
――
「ガルシア様、ガルシア様ー!」
邸内では、侍女たちが小さな主人の姿を探し回っていた。
「中にはいらっしゃらないのかしら」
「裏へ回ってみましょう、エルマ」
二人の侍女が裏口から庭へ出たところで、ラルフを連れてきた侍女と鉢合わせになった。彼女も慌てている様子で、挨拶もそこそこに言った。
「ラルフ様も、おいでになりませんの。ちょっと目を離した隙に……」
「まあ、ラルフ様も?」
「ルイーゼ、あの茂みの向こう!」
一人の侍女が指差した方向に、光が瞬くのが見えた。三人は顔を見合わせて、光のほうへ向かった。
「ガルシア様!?」
「あら……」
「ラルフ様!」
そこでは、二人の少年が無邪気に笑っていた。交互に光球を作りだしては飛ばし、受け止めては消してまた作り、まるでキャッチボールをしているようである。
「ガルシア様」
「ルイーゼ!」
侍女に気づいて、ガルシアが振り返った。
「まあ、ラルフ様!」
侍女たちは一斉に、二人に駆け寄った。
「もう、お友達になられたのですね」
エルマが微笑むと、ガルシアはラルフの顔を改めて見る。
「お前、誰だ?」
「……はい? お名前も知らずに遊んでらしたのですか!?」
エルマが呆れ顔で言う。ルイーゼはガルシアの横にしゃがんで、
「魔天公爵様のご子息の、ラルフ様ですわ。今日からここで、お暮らしになります」
と、ラルフを見ながら紹介する。ラルフの後ろのセイレーンもそれに倣って、主人の肩に手を置いて言った。
「ラルフ様、ガルシア様です。このお屋敷のご主人様ですわ」
「今日からはお二人とも、ここのご主人様……お二人は同じ公爵様のお血筋ですから、ご親戚に当たられますわね。仲良くなさいませ」
ルイーゼがそう言うと、ガルシアはまた笑った。
「よし、来いラルフ!」
そう言うが早いか、ガルシアは空に飛び上がった。
「……っ!」
ラルフも続いて、ガルシアを追う。
「ガルシア様、ラルフ様!」
エルマが呼んでも、その声は二人には届かなかった。
「あらあら。お二人とも、すっかり仲良しね」
ルイーゼは空を見上げて、微笑する。
「あの大人しいラルフ様まで……道中、ひと言も口を利かずにいらしたのに」
セイレーンがなかば呆然となって、呟いた。
少年たちの笑い声は、晴れ渡った青空にいつまでも響いていた。




