表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MASTERY - マスタリィ【第1部】  作者: 洲澄英里
Period 3 FORTUNE - 第3章 二人の王
64/86

Part1 7.見えぬ居場所

数日後、公爵の執務室に重臣たちが集められた。

その部屋には上座に一組の卓と椅子があるだけで、そこに座るエヴァンのほかは立ったまま、口々にその事件の顛末を言い合っていた。


「一体、何者が」


「わかりません。二人は無頼の傭兵で、残る者は……五体がバラバラで、身元の確認は……」


報告を聞きながら、エヴァンは悪夢を見ている思いだった。


「無事だった侍女も、半狂乱で証言ができぬのです」


「……証言など必要あるまい。何者の仕業にせよ、あの場で起こった事実は明らか――ラルフ様がお一人で、あの侵入者どもを(ほふ)ったのだ」


比較的若い家臣の一人が、重々しく言った。


「屋敷内の結界をものともせず、呪文も用いることなく、ただ、魔力のみで……」


五歳にもならない子供がそんなことをやってのけた、その事実に戦慄しない者はいなかった。

重苦しい沈黙に、家臣は重ねて言う。


「予言者の言葉を、公爵閣下もお聞きになられたはずです」


(……(わざわ)いの子じゃ。このお子は将来、大いなる戦乱を招く元となる。ご本人の意思がどうあれ、公爵家を滅びへと導こうぞ。

離されよ、遠く――出生を知らしめることなく、遥かな地へ)


ブランシュに招かれてやってきたその占者は、ラルフの行く末を不吉なものとした。


以前ならば、正室の庶子に対する悪意として看過できたであろう。だが今となっては誰にとっても、その予言は将来現実となって起こりうる、真実のように思われた。


家臣だけでなく、エヴァンも同じだった。

父として、我が子を庇いたい想いがないはずはない。しかし、公爵の身分にある者としては、ラルフを「危険な子」だと判断しないわけにもいかないのだ。


「閣下、ご決断を」


家臣たちが、押し黙っている公爵に迫った。


「――閣下!」


「どこにやればよいというのだ!」


エヴァンは困惑し、声を上げた。

公爵家から離すべきだとはわかる。だが、どこへやるべきなのか。本城から離れた場所でさえ、これほどの事件が起こったのだから。


「公爵家と関わりなく、秘密を守れる場所など、一体どこにあると!?」


「それは……その」


家臣たちが顔を見合わせて口籠もると、


「――ございますぞ」


一番老いて背をかがめている家臣が、静かに口を開いた。


「マテオ殿? ある、とは……」


「ラルフ様の行き先に、よい心当たりでも?」


マテオと呼ばれたその重臣は、疑問を口にする家臣たちには答えず、エヴァンに目を向けた。


「ヴァロア子爵家の……カミーユ様のお産みなされたお子様が、密かに養育なされているそうです。

そこならば、秘してお育てできましょう」


「なんですと!」


「カミーユ様の!?」


「……馬鹿な。カミーユは流行病を患い、生まれた子も亡くなったはずだ。

二人とも、すでに遺体が戻ったヴァロア家で埋葬されている」


家臣に続き、エヴァンが訝しんで眉を顰めると、マテオは深々と礼をした。


「公爵閣下の御前にて、お話し申し上げました。お子様は実はご無事で、その遺体は別人のもの。

カミーユ様のご遺言により、ご自分亡きあとも子爵家には関わらせぬようにと……魔天上王(ドルアーグ)陛下のお取り計らいで、今も僻遠の地にてお育ちです」


「……なんと!」


「では子爵様は欺かれて!?」


驚く家臣たちに軽く頷き、マテオは淡々と語る。


「父の知れぬお子でありますれば、それがゆえの母上のご配慮かと。上王陛下のご同意もあり、ヴァロア子爵家には今後もどうぞ、ご内密に」


「……それは……しかし、どこに」


エヴァンが戸惑いつつ尋ねる。

マテオはさらに深く、一礼した。


「それは、わたくしからは申せません。ですが、確かなところでございます。

何より、秘して漏れることはありますまい」


――


十日後、ラルフはリストルの屋敷を出て一度公爵の本城に戻り、出立することになった。


着いた途端に迎えの馬車が待機していて、ラルフは城の中に入ることもできず、父にも会えなかった。

城門内付近に用意されていた小さな馬車には、若い侍女と髭の生えた従者が一人いるだけだった。


「さあ、ラルフ様」


リストルからついてきた中年の従者が、ラルフの肩を抱いて促した。


「どうぞ、こちらへ」


馬車の中から、侍女が優しく微笑んでラルフに手を貸そうとしたが、ラルフはその手に触れず一人で乗り込んだ。


「では、道中お気をつけて」


「お預かり致します」


従者たちの挨拶が済んで扉が閉まると、馬車は静かに動き出した。

小道を抜け、門をくぐり、大きな城がだんだんと遠ざかっていく。


「初めまして、ラルフ様。セイレーン・ウルドと申します。

本日より、お仕えすることになりました」


侍女はラルフの向かいに座って、にっこりと笑った。人間でまだ十五・六ほどの、カタリナと同じぐらいの歳のころである。

長い髪を後ろに下ろした愛らしい笑顔が、どこか母を思い出させて、ラルフは横を向いた。


(どこかへ連れていって!)


最後に聞いた、母の言葉が耳に残る。


(あれは……あの子は、私の子などではないわ! あんな、あんな恐ろしい、力……!!)


そして、優しかった侍女の叫び声。

とうとう顔も見ることなく、別れてしまった父。……自分の居場所が公爵家にないことは、すでに悟っていた。


「私も侍女に選ばれまして、これから初めて参りますの。行く先は北の、遠いところだそうですけれど」


そう言うと、侍女も窓の外に目を向けた。馬車は街道を抜け、森の中へと入っていく。


――この旅の果てに辿り着くところには、私の居場所があるのだろうか。


その頬に、もはや涙の流れることはなかった。


(第3章 Part1完)

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回からは第3章Part2のガルシア編が始まります。


引き続き、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ