Part1 7.見えぬ居場所
数日後、公爵の執務室に重臣たちが集められた。
その部屋には上座に一組の卓と椅子があるだけで、そこに座るエヴァンのほかは立ったまま、口々にその事件の顛末を言い合っていた。
「一体、何者が」
「わかりません。二人は無頼の傭兵で、残る者は……五体がバラバラで、身元の確認は……」
報告を聞きながら、エヴァンは悪夢を見ている思いだった。
「無事だった侍女も、半狂乱で証言ができぬのです」
「……証言など必要あるまい。何者の仕業にせよ、あの場で起こった事実は明らか――ラルフ様がお一人で、あの侵入者どもを屠ったのだ」
比較的若い家臣の一人が、重々しく言った。
「屋敷内の結界をものともせず、呪文も用いることなく、ただ、魔力のみで……」
五歳にもならない子供がそんなことをやってのけた、その事実に戦慄しない者はいなかった。
重苦しい沈黙に、家臣は重ねて言う。
「予言者の言葉を、公爵閣下もお聞きになられたはずです」
(……禍いの子じゃ。このお子は将来、大いなる戦乱を招く元となる。ご本人の意思がどうあれ、公爵家を滅びへと導こうぞ。
離されよ、遠く――出生を知らしめることなく、遥かな地へ)
ブランシュに招かれてやってきたその占者は、ラルフの行く末を不吉なものとした。
以前ならば、正室の庶子に対する悪意として看過できたであろう。だが今となっては誰にとっても、その予言は将来現実となって起こりうる、真実のように思われた。
家臣だけでなく、エヴァンも同じだった。
父として、我が子を庇いたい想いがないはずはない。しかし、公爵の身分にある者としては、ラルフを「危険な子」だと判断しないわけにもいかないのだ。
「閣下、ご決断を」
家臣たちが、押し黙っている公爵に迫った。
「――閣下!」
「どこにやればよいというのだ!」
エヴァンは困惑し、声を上げた。
公爵家から離すべきだとはわかる。だが、どこへやるべきなのか。本城から離れた場所でさえ、これほどの事件が起こったのだから。
「公爵家と関わりなく、秘密を守れる場所など、一体どこにあると!?」
「それは……その」
家臣たちが顔を見合わせて口籠もると、
「――ございますぞ」
一番老いて背をかがめている家臣が、静かに口を開いた。
「マテオ殿? ある、とは……」
「ラルフ様の行き先に、よい心当たりでも?」
マテオと呼ばれたその重臣は、疑問を口にする家臣たちには答えず、エヴァンに目を向けた。
「ヴァロア子爵家の……カミーユ様のお産みなされたお子様が、密かに養育なされているそうです。
そこならば、秘してお育てできましょう」
「なんですと!」
「カミーユ様の!?」
「……馬鹿な。カミーユは流行病を患い、生まれた子も亡くなったはずだ。
二人とも、すでに遺体が戻ったヴァロア家で埋葬されている」
家臣に続き、エヴァンが訝しんで眉を顰めると、マテオは深々と礼をした。
「公爵閣下の御前にて、お話し申し上げました。お子様は実はご無事で、その遺体は別人のもの。
カミーユ様のご遺言により、ご自分亡きあとも子爵家には関わらせぬようにと……魔天上王陛下のお取り計らいで、今も僻遠の地にてお育ちです」
「……なんと!」
「では子爵様は欺かれて!?」
驚く家臣たちに軽く頷き、マテオは淡々と語る。
「父の知れぬお子でありますれば、それがゆえの母上のご配慮かと。上王陛下のご同意もあり、ヴァロア子爵家には今後もどうぞ、ご内密に」
「……それは……しかし、どこに」
エヴァンが戸惑いつつ尋ねる。
マテオはさらに深く、一礼した。
「それは、わたくしからは申せません。ですが、確かなところでございます。
何より、秘して漏れることはありますまい」
――
十日後、ラルフはリストルの屋敷を出て一度公爵の本城に戻り、出立することになった。
着いた途端に迎えの馬車が待機していて、ラルフは城の中に入ることもできず、父にも会えなかった。
城門内付近に用意されていた小さな馬車には、若い侍女と髭の生えた従者が一人いるだけだった。
「さあ、ラルフ様」
リストルからついてきた中年の従者が、ラルフの肩を抱いて促した。
「どうぞ、こちらへ」
馬車の中から、侍女が優しく微笑んでラルフに手を貸そうとしたが、ラルフはその手に触れず一人で乗り込んだ。
「では、道中お気をつけて」
「お預かり致します」
従者たちの挨拶が済んで扉が閉まると、馬車は静かに動き出した。
小道を抜け、門をくぐり、大きな城がだんだんと遠ざかっていく。
「初めまして、ラルフ様。セイレーン・ウルドと申します。
本日より、お仕えすることになりました」
侍女はラルフの向かいに座って、にっこりと笑った。人間でまだ十五・六ほどの、カタリナと同じぐらいの歳のころである。
長い髪を後ろに下ろした愛らしい笑顔が、どこか母を思い出させて、ラルフは横を向いた。
(どこかへ連れていって!)
最後に聞いた、母の言葉が耳に残る。
(あれは……あの子は、私の子などではないわ! あんな、あんな恐ろしい、力……!!)
そして、優しかった侍女の叫び声。
とうとう顔も見ることなく、別れてしまった父。……自分の居場所が公爵家にないことは、すでに悟っていた。
「私も侍女に選ばれまして、これから初めて参りますの。行く先は北の、遠いところだそうですけれど」
そう言うと、侍女も窓の外に目を向けた。馬車は街道を抜け、森の中へと入っていく。
――この旅の果てに辿り着くところには、私の居場所があるのだろうか。
その頬に、もはや涙の流れることはなかった。
(第3章 Part1完)
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回からは第3章Part2のガルシア編が始まります。
引き続き、よろしくお願いいたします。




