Part1 4.公爵の正室
「では、エヴァン様は二人を引き離すおつもりなの?」
「はい。不味いことになりましたな」
広々とした室内の奥で、美しい女と中年の男が、ひそひそと話し込んでいる。
薄紅色を基調にした壁のタイルや衣装箱が上品な空間を作り、部屋の中央に置かれたテーブル上の薔薇が彩りを添える。
何よりも奥の長椅子に座っている女の容貌が、華やかな貴族の邸内を演出していた。
魔天公爵――現在はエヴァン・ユージィン・ディ・ロード・フォール公爵の本城は、王国西方のセリーブにある。白魔族最大の都市であり、公爵の本拠地であるセリーブも、人々には都と呼ばれている。
その城の奥に、エヴァンの正室ラヴァ・ブランシュ・メイ・ロードの私室があった。本来ならば、公爵以外の成人男子は入れぬはずのこの部屋に、時折ブランシュの実家であるルボン侯爵家の家令が密かに訪れている事実を、夫たるエヴァンは知る由もない。
長椅子にゆったりと腰掛けているブランシュは、際立った美貌の持ち主である。しかし、グレーの瞳は冷たい光を宿し、肩の辺りで縦にカールしている髪も、高貴だが棘のある印象を与える。前に立つ家令も立派ななりはしているものの、何やら油断のならない鋭い目つきをしていた。
家令は今日も密偵から得た情報を持参して、主人の御前に報告しているのだった。
「片田舎に追いやっておくならともかく、下手に術を覚えられてはどうなることか。素質の上でも、ご嫡男のハイラム様を遥かに上回るのですから、それが磨かれるとなりますと……」
男が眉を顰めると、ブランシュも険しい表情になった。
魔天王の王位継承権が王の庶子にも認められているように、公爵家の庶子もまた、爵位継承権を持っている。王の庶子は王子といえど継承順位が低く、王弟・王弟の嫡子の下になる。
公爵家は王家よりも柔軟であり、公爵の嫡子や弟が病弱や高齢などの事情がある場合、庶子の爵位継承を認める例があった。
しかし庶出の公爵はやはり異例中の異例であり、そのために王の庶子のように誕生時には公爵家の姓は持たず、母の姓を名乗る。
が、爵位継承の際には名前のあとに、「ユージィン・ディ・ロード・フォール」の姓名を授かり、貴族籍の公爵家に正式に名を連ねるのだ。
エヴァンの次には、嫡男のハイラムが「ハイラム・ユージィン・ディ・ロード・フォール」となるはずである。
だが、力で統べる魔天王国において、魔力の強さは血の正当性を覆すこともありえてしまう。
「なんとかしなくてはね……
万一爵位に野心を持つようになっては、ハイラムの妨げとなるわ」
呟きながら、ブランシュは別の不安を心に抱いていた。
(それよりもラルフがいなくなれば、ウィストリアの精神も快復してしまうかもしれない。
そうなれば、エヴァン様はきっとまた、この城にあの女を呼び戻すに違いない)
激しい嫉妬に、胸が滾る。
「そんなことを許すものですか……!」
「――ウィストリアを追い詰めるために、わざわざ二人一緒に住まわせるよう工作したことが、ここへ来て裏目に出ましたな。
まさか結界のうちでさえ、あのように魔力を伸ばすとは」
家令はブランシュの心中を慮って、控えめに言う。
「公爵閣下が次に罷りでられる時には、おそらく……」
「いいえ!」
ブランシュは瞳を凍らせて、薄く笑う。
「先手を打つのよ。災いの芽は、早目に摘み取らなくては」
その邪悪な微笑みに、男もたじろいだ。
(――許さない。あの女も、あの子供も。
二人揃って、エヴァン様の手の及ばぬところへ行くがいい……!)




