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MASTERY - マスタリィ【第1部】  作者: 洲澄英里
Period 3 FORTUNE - 第3章 二人の王
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Part1 蒼き雷皇 1.母と子

私は求めていた。

私は望んでいた。

私は愛していた――父を、母を。


……もはや、顔も憶えておらぬ。


――


魔天王国の南、リストルの町外れにその屋敷はあった。

町から林を隔てた森近くに建っている、瀟洒で静かな屋敷。魔天公爵が有する、別邸のひとつである。


「ラルフ様、どちらにおいでですか。ラルフ様!」


その裏庭を、若い侍女が走り回っている。

夕暮れの逆光に人影が見えて、侍女は足を止めた。


「ラ……!」


立ち止まった侍女の前には、無数の山鳩が、小さな男の子を中心に集まっていた。

餌を撒いているわけでもないのに、鳩たちは男の子のほうを向いて、クックッと喉を鳴らしている。白いローブを着たその子はゆっくりと振り返って、侍女の名を呼んだ。


「カタリナ!」


賢そうな顔立ちの、品のある子供である。

ラルフ・サー・バージェ、四歳の春。


「な……何をしておいでですの、一体」


あまりに数多くの鳩の群れに、侍女は怯えて近寄れない。


「話をしていた」


「話? 鳩とですか?」


「そうだ。ほら!」


ラルフが手を伸ばすと、鳩が一斉にその体に飛びついた。小さな体が、茶色い翼の向こうに見えなくなる。


「ラ、ラルフ様!」


カタリナが叫ぶと、ぱっと、鳩は散り散りに飛び立った。あっという間に上空高く上ると群れをなして、東の空へと去っていく。

ラルフはあどけない青い瞳で、じっとその群れを見送っていた。


「綺麗だろう? 東の谷に巣があるそうだ」


侍女は呆然として、何も言えない。


「母上も皆と話せば、きっと楽しくなる」


ラルフは無邪気に笑って言った。


「……ウィストリア様がご覧になったら、腰を抜かしてしまわれますよ。さ、お戻りください」


侍女はやっと気を取り直して、答えた。


「あまり驚かさないでくださいませ。鳥の言葉がわかる方など、そうはおりません」


「――そうなのか?」


ラルフは納得のいかない顔つきで、侍女と屋敷の中に戻っていく。

その様子を、窓の中から見ている人影があった。


――


屋敷の中はしんとしていて、幾人かの侍女が忙しげに働いていた。静かな長い廊下の端で、カタリナは水差しを乗せたワゴンを止め、扉を叩いた。


「失礼致します、奥様」


カタリナが礼をして入ったその部屋は、薄暗い寝室だった。広い室内にはほとんど余計な家具はなく、窓には厚いカーテンが鬱陶しく掛かっている。

そして奥の寝台に、この屋敷の主人が――ウィストリアが、上半身を起こして座っていた。


小柄な体に白い寝衣を纏い、しっかりと座っている様は、重病人のものには見えない。

が、長い髪は乱れてその横顔は青白く、憔悴している。蒼い瞳は侍女を見ようともせず、焦点の合わない眼差しが何を見るでもなく、宙を彷徨っていた。


「お夕食はいつも通り、こちらでお召し上がりになりますか?」


カタリナは寝台横の台までワゴンを押していくと、台上の水差しを取り替えながら尋ねた。


「ラルフは、何をしていたの」


侍女の問いには答えず、ウィストリアは呟いた。


「裏庭で、あんなに鳥に囲まれて」


「ご覧になっていらしたんですか?」


カタリナは遠慮がちに苦笑する。


「鳩とお話なさっていたそうです。東の谷に棲む群れだと、鳩から自己紹介されたのだとか……」


「鳩……と? 話を?」


ウィストリアの表情が、恐怖に歪んだ。


侍女がはっとしたときには、もう遅かった。

邸内に甲高い叫び声が響き、カタリナは部屋を飛び出した。


「先生! 奥様が……ウィストリア様がまた発作を!」

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