22.言えぬ恋
一人になってから、マルガレータは考えていた。
自分の意志を貫いて、子を成したカミーユ。愛する人を庇い、想いを守り抜こうとした、その噂を伝え聞いてどんなに羨んだだろう。
ひきかえ、自分はその想いを口にすることすらできない。
――側にありながら、何も言えないのだ。
妃となったのは、周囲の意向によるものだった。だがそれは、自分自身の夢でもあったのだ。
ずっと昔、レ=オンが覚えてもいないであろう、幼いあの日から。
――
まだ十歳になったばかりの、春の日だった。マルガレータの母は、若くして病に倒れ、そのまま逝った。
葬儀の日、庭の茂みに隠れて泣いていた時のことだった。
「泣くな!」
いきなりの言葉に振り向くと、そこに見覚えのない、金の瞳の少年が立っていた。
「女は泣くと醜くなる。笑え!」
初めて会った少年の不躾な物言いに、マルガレータはびっくりして声も出なかった。
「母上が死んだからといって、なんだ! お前、母上とずっと一緒にいたのだろう!?」
少年はきつい目と言葉を浴びせてくる。
「母上がいても、お会いできない者もいるのだからな!
ほら、笑え! 思い出があるのなら、それで笑っているがよい!」
それでもマルガレータが涙を堪え切れずにいると、
「仕様がないな……ほら!」
その少年は、自分の懐から小さな水晶を取り出し、マルガレータに差し出した。
「これは『浄化の石』だ。持っている者が泣いたり怒ったりすると、だんだんと濁っていく。
濁りすぎて真っ白になると、割れてしまう貴重品だ」
「……え?」
「お前にやる。今は透明だからな、大事にするがいい。
せっかく私がやった物を割ったりしたら、承知せぬゆえ覚えておけ!」
少年は強引に水晶をマルガレータに握らせると、どこかへ行ってしまった。
――
その少年が王太子だと知ったのは、葬儀も済んでからだった。
そして、その水晶がただの硝子だとわかったのも、それから随分あとに、不注意で落として割ってしまった時に至ってのことだった。
レ=オンは、そういう少年だった。
口は悪いが優しくて、容貌よりもその心が輝いて見えた。その後幾度か宴で顔を合わせ、レ=オンがその時のことを覚えていないとわかってからも、マルガレータはその姿を見るたび、胸時めかせるようになっていた。
――わたくしはいつからか、レ=オン様をお慕いしていた。
そして、妃に選ばれて、わたくしは……なのに。
(私は先にほかの女を妻と認めた)
あの夜の言葉は、どんなに心を引き裂いただろう。どれほど、絶望的に響いたことか。
けれど、何も言うわけにはいかなかったのだ。
自分は妃であるのだから。レ=オンの望んだように、誇りにその想いを殉死させるしかなかった。
そうして、名前もわからぬ女の影を感じながら、日々を過ごしてきた。
その相手がまさか、カミーユだったとは。
羨んでいた彼女の相手がレ=オンだったと知って、どうして冷静でいられるだろう。
――憎んでしまえればよいのに。
レ=オンを恨めしく思いながら、積年の恋心のために憎むことができない。想いをぶつけることも、王太子妃の誇りが許さない。
夫となったレ=オンの腕に抱かれながら、その心が遠いことを嘆くことしかできない。
愛する人の妃の地位を得ながら決して告げることができない、片恋を抱えたまま。
唯一人のときにだけ、マルガレータの頬を涙が濡らした。




