21.秘められし子
数日後、王の密命を受けてスエロが子爵邸に向かった。
「仮にも魔天公爵のご血統、ご英断なされるようにとの、陛下の思し召しにございます」
「……そう、か」
子爵は悲嘆に暮れるほかなかった。
意を決してカミーユの部屋を訪れたのは、それから一晩をすぎた朝だった。
「カミーユ、支度を致せ」
父は震える声で言った。
「この屋敷を出るがいい。……王が、お前の身柄をお引き受けくださった」
カミーユは驚き、父の顔を見返した。
「お前の好きに、するがいい……」
父は涙を堪え、娘に告げた。
――
王が私室で報告を受けたのは、さらに五日後のことである。
「では、無事に発ったのか」
「御意。陛下にご厚謝申し上げるとのことにございます」
王は子爵に対し、真実を隠匿したまま、謝罪もできぬのが辛かった。
最愛の娘に、今生の別れを強いたことを。
「何事も不足なきよう、子細に渡り出産までよく取り計らえ。
あの乳母の要望通りにな。シェラにも、そのように伝えよ」
「心得ました。では、これにて失礼申し上げます」
スエロは王の後ろの垂れ幕にちらと目をやって、部屋を出た。
「シェラと、カミーユの乳母と……信頼の置ける侍医も、五人ほど遣わした。心配なかろう」
王が呟くと、黒い垂れ幕の影からレ=オンが姿を現した。
「わかっておろうな、レ=オン。カミーユにも生まれる子にも、生涯会うこと罷りならぬ。
二度と、真実を口に致すな」
ドルアーグは振り返りもせずに告げた。
「マルガレータには……」
「――話します」
レ=オンは低い声で答えた。
「あれは妃ですから。私の口から話すこと、お許しください」
「……好きにしろ」
ドルアーグは眉間に皺を寄せた。
「父上」
「なんだ」
「感謝致します。――ありがとうございました」
礼をして出ていく息子の姿を見送って、王は遣り切れない思いで呟いた。
「……愚か者めが……」
――
奥の王太子妃の部屋は、落ち着いた色彩に彩られていた。
まだ若い王太子妃に似つかわしく、当初は全体に白の天幕に仕切られて、多くの壁飾りがあった。
だがマルガレータの意向で、大方は地味な調度品に変えられている。女性の宮である奥の宮でも質素な、薄茶やグレーの色調の、安らげる趣の部屋になっていた。
王族でも通常、あまり装飾品を身に着けないのが魔族の嗜好だが、王宮の奥ともなれば華やかに装うのが当然である。
その中ではマルガレータの慎ましさは珍しく、嫁いで間もない王宮で、彼女が敬意を払われる一因でもあった。
「マルガレータ」
突然私室に入ってきたレ=オンを振り返って、マルガレータは会釈した。
「皆、下がれ。妃に話がある」
控えていた女官たちは礼をして、その場を辞した。
全員が出ていったのを確認したあと、レ=オンはマルガレータに向き直った。
「ヴァロア子爵の娘の話を、知っているか」
「はい。存じております」
自分に向かう視線に少し躊躇して、レ=オンは言った。
「――あれは、私の子だ」
マルガレータの瞳が、一瞬色を失って見えた。
「私が孕ませた……」
「……では、カミーユ様が」
「私の愛する女だ」
マルガレータは、俯いて視線を落とした。
「父上が子爵に取りなして、カミーユをどこかへ移した。場所は私も知らぬ。
生まれる子にも、一生会うことはあるまい」
レ=オンはじっと、妃を見つめた。
「済まぬ」
マルガレータも動かない。
「……お話し、くださって……ありがとう、ございます」
呟く声は、さすがにか細い。俯いたままの、その表情がわからない。
レ=オンはマルガレータの顎に手を当てて、その顔を上に向けさせた。
「マルガレータ……」
蒼い瞳が、薄く濡れていた。
レ=オンは罪悪感に駆られて、マルガレータを抱きしめた。
「済まぬ……」
ただそう言って、泣く妃を腕に抱くことしかできなかった。




