19.告白
「では、やはり本当ですの?」
「ええ。子爵様も持てあましておられるとか……」
王宮内の中庭で、王太子妃を囲んで茶会が催されている。
マルガレータと同年代の、黒魔族の貴族令嬢方とレ=オンの異母妹が、親睦を深めるためという名目で集まっている。
しかし結局のところは、ただのお喋りが目的である。そんな場所では、カミーユの噂は恰好の話の種だった。
魔天公爵の親戚であるカミーユは、生まれにそぐわぬ自由闊達な言動で、むしろ貴族の娘たちには羨望の的――憧れの存在ですら、あったのだ。自由を得られぬ貴族令嬢にしてみれば、カミーユは真似のできぬ理想の一つだった。
その彼女が妊娠したとあっては、なおさら興味津々で、囁き合った。
「なんとしても相手の方の名を口になさらないなんて、並々のご決心ではありませんわ」
「よほど、その方を想っておいでですのね」
「お家に背く恋に身をやつして――まるで物語のよう。お羨ましい、なんて失礼ですけれど」
令嬢たちは口々に、あれこれ憶測して言い合う。
「でも一体、お相手はどなたかしら」
「噂によりますと、魔天公爵様の別宅においでの時のことなのでしょう?」
「それではご来客も大勢あったでしょうし、わかりませんわね」
「案外、お仕えしていた下僕とか?」
「あら、それはありえませんわ。公爵様が随分、追及なさったそうですもの」
「お義姉様は、どうお思いになる?」
ひと言も口を挟まず聞いていたマルガレータに、義妹のローズ王女が尋ねた。まだ人間で十三・四歳ぐらいの、あどけなさの残る愛らしい少女である。
「……わたくしは、何も。カミーユ様とは、親しくお話ししたこともございませんし」
「それは私もそうよ。お会いしたこともないわ」
「ローズ様に限らず、わたくしどももそうですわ。お顔を何度か拝見したぐらいの……ですからそういうことではなくて、ただ……」
「失礼致します、王太子妃殿下」
不意にスエロがやって来て、一礼した。
「王太子殿下があちらにて、お呼びにございます」
マルガレータが見ると、少し離れた天蓋の下の通路に、レ=オンが立っている。
「失礼致します」
マルガレータはそう言って周囲に会釈し、レ=オンのほうへ歩いていった。
「レ=オン殿下もおいででしたの? スエロ様」
「あんなところでお呼びにならずに、こちらへいらっしゃったらよろしいのに」
令嬢たちは瞳を輝かせて、二人のほうを見る。
「お兄様はお忙しいのよね、スエロ」
「はい。殿下には執務がおありですので。ご婦人方には、女性だけのほうがお気楽でしょう」
スエロには珍しく、愛想よく答える。
令嬢たちは微笑んで、顔を見合わせた。
「まあそんな、他愛ないお喋りですのに。ねえ、皆様」
「そうですわ、カミーユ様のお噂ですとか」
「……カミーユ様? 白魔族の、ヴァロア子爵令嬢のお話ですか?」
「スエロも知らなかったの? やっぱり、王宮には噂の届くのも遅いのね。
人知れず、懐妊なさったのですって」
「スエロ!」
ローズが言った時、レ=オンが呼んだ。
「では、失礼致します」
スエロはまた礼をして、戻っていった。
「……行ってしまわれたわ」
「まあ、あなたスエロ様を?」
「だって、殿下の侍従でいらっしゃるもの」
「それなら、お兄様を!?」
「あら嫌ですわ、ローズ様の前で失礼を」
「……でもわかるわ、お兄様なら」
「まあ、ローズ様ったら」
「ふふ、皆様もご同様でしょう?」
意味深に、令嬢たちは笑い合った。
レ=オンは王太子であることを除いても、貴族令嬢には当然のごとく、熱い視線を送られている。その容姿の謎めいた美しさも、見目に似合わぬ気さくさも、若い娘には申し分なく魅力的なのである。
「でも駄目よ、ご覧になって、あのご様子」
「本当に、眩しいほどのご寵愛ですわね」
「まだお若くておいでなのに、王太子妃殿下以外には目もくれなくていらっしゃって」
レ=オンとマルガレータが話しているのを、遠くから眺めて羨む。
「あら、わかりませんわよ。お父上様のドルアーグ魔天王陛下は、二十人以上のご側室をお持ちでいらっしゃるもの。ご新婚のうちはともかく……」
「お兄様はそんな方ではないわ。お父様にも、全然似ていらっしゃらないもの」
「そうですわよ、そんな不謹慎なこと……」
――
「ではな、マルガレータ。用が済めば、明日には戻る」
「はい、承知致しました。それでは、わたくしは失礼致します」
丁寧に頭を下げてから戻っていくマルガレータの後ろ姿を見送って、レ=オンは歩き出した。
「まったく何を話しているのやら、よくもあれだけ続くものだ」
「情報の早さでは、偵察の兵にも劣らぬでしょう」
呆れるように言ったレ=オンに対し、スエロはまた、いつもの無表情に戻って応える。
「何か言っていたのか?」
「ええ、白魔族の……ヴァロア子爵のご令嬢のことを」
レ=オンの表情が、一瞬硬くなった。
「――ヴァロア嬢に、何かあったのか?」
「はい。なんでも、ご懐妊なさったとか……」
――
「ただの噂ではなかったのか」
玉座のドルアーグは、少なからず驚いた。
「御意。子爵様には大変な痛憤のご様子で……」
前に跪く使者の白魔族が、控えめな同情を示して答えた。
「さもあろう。子爵にはまさしく掌中の珠。それを知らぬうちに、疵物にされていたとあってはな」
ドルアーグも嘆息する。美しく利発な少女の無邪気な笑顔を思い出すと、信じられぬ思いだった。
「儂とても目を掛けていた娘だ、子爵の力にもなりたいが……しかし、どうにもできぬ。こんなことに王から言葉を掛けるというのも、かえって外聞が悪かろう」
ドルアーグとしては、あの素直な娘をそこまで変えた、その想いを尊重してやりたいような気もした。
所詮我が子のことではないゆえの、無責任さかもしれないが。
「子爵にはその旨伝えよ。懊悩の気持ちは察するが、思い誤るなとな」
「……はっ。では、失礼申し上げます」
使者はゆっくりと頭を下げて、玉座の間を出た。その時、入れ違いにレ=オンが入ってきた。
「……父上」
「レ=オンか。何用だ」
息子の重苦しい面持ちに、ドルアーグはさして注意を払わない。
「今の使者は、ヴァロア子爵からの?」
レ=オンはちらりと、廊下を振り返って言った。
「ではご令嬢の話は……」
「お前には関わりのないことだ」
ドルアーグは眉を顰めて、ぶっきらぼうに応える。
「下らぬ噂話を真に受けて、軽率に口を挟むな!」
「……真実ではないのですか?」
「レ=オン!」
レ=オンは俯いて、スエロの言葉を思い返した。
――
「……懐妊……?」
「はい。私も、耳にしてはおりましたが」
「誰の……」
「公爵家の方ではないかと言われておりますが、確かなことはわかりません。
ご本人が、一切のことを話そうとなさらないそうで」
――
「何をしている、さっさと行かぬか!」
王は苛立たしそうに叱責する。
「……私の子です」
「――何?」
レ=オンは顔を上げた。
「カミーユが身籠もっているのは、私の子にございます」
王は凝然と、息子を見返した。その顔は重科人のごとく、沈痛な表情である。
「こ、こ……」
ドルアーグは目を剥いて、わなないた。
「え……衛兵! 衛兵ーーーっ!!」
王の叫びに、十人近くの兵士が駆け着けた。
「陛下!? いかがなさいました!」
「こ、この……この痴れ者を、牢にぶち込め! 一歩たりとも、外に出すな!!」
ドルアーグはレ=オンを指差して命じた。




