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MASTERY - マスタリィ【第1部】  作者: 洲澄英里
Period 2 LOVERS - 第2章 知られざる日々
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19.告白

「では、やはり本当ですの?」


「ええ。子爵様も持てあましておられるとか……」


王宮内の中庭で、王太子妃を囲んで茶会が催されている。

マルガレータと同年代の、黒魔族の貴族令嬢方とレ=オンの異母妹が、親睦を深めるためという名目で集まっている。

しかし結局のところは、ただのお喋りが目的である。そんな場所では、カミーユの噂は恰好の話の種だった。


魔天公爵の親戚であるカミーユは、生まれにそぐわぬ自由闊達な言動で、むしろ貴族の娘たちには羨望の的――憧れの存在ですら、あったのだ。自由を得られぬ貴族令嬢にしてみれば、カミーユは真似のできぬ理想の一つだった。

その彼女が妊娠したとあっては、なおさら興味津々で、囁き合った。


「なんとしても相手の方の名を口になさらないなんて、並々のご決心ではありませんわ」


「よほど、その方を想っておいでですのね」


「お家に背く恋に身をやつして――まるで物語のよう。お羨ましい、なんて失礼ですけれど」


令嬢たちは口々に、あれこれ憶測して言い合う。


「でも一体、お相手はどなたかしら」


「噂によりますと、魔天公爵様の別宅においでの時のことなのでしょう?」


「それではご来客も大勢あったでしょうし、わかりませんわね」


「案外、お仕えしていた下僕とか?」


「あら、それはありえませんわ。公爵様が随分、追及なさったそうですもの」


「お義姉(ねえ)様は、どうお思いになる?」


ひと言も口を挟まず聞いていたマルガレータに、義妹(いもうと)のローズ王女が尋ねた。まだ人間で十三・四歳ぐらいの、あどけなさの残る愛らしい少女である。


「……わたくしは、何も。カミーユ様とは、親しくお話ししたこともございませんし」


「それは私もそうよ。お会いしたこともないわ」


「ローズ様に限らず、わたくしどももそうですわ。お顔を何度か拝見したぐらいの……ですからそういうことではなくて、ただ……」


「失礼致します、王太子妃殿下」


不意にスエロがやって来て、一礼した。


「王太子殿下があちらにて、お呼びにございます」


マルガレータが見ると、少し離れた天蓋の下の通路に、レ=オンが立っている。


「失礼致します」


マルガレータはそう言って周囲に会釈し、レ=オンのほうへ歩いていった。


「レ=オン殿下もおいででしたの? スエロ様」


「あんなところでお呼びにならずに、こちらへいらっしゃったらよろしいのに」


令嬢たちは瞳を輝かせて、二人のほうを見る。


「お兄様はお忙しいのよね、スエロ」


「はい。殿下には執務がおありですので。ご婦人方には、女性だけのほうがお気楽でしょう」


スエロには珍しく、愛想よく答える。

令嬢たちは微笑んで、顔を見合わせた。


「まあそんな、他愛ないお喋りですのに。ねえ、皆様」


「そうですわ、カミーユ様のお噂ですとか」


「……カミーユ様? 白魔族の、ヴァロア子爵令嬢のお話ですか?」


「スエロも知らなかったの? やっぱり、王宮には噂の届くのも遅いのね。

人知れず、懐妊なさったのですって」


「スエロ!」


ローズが言った時、レ=オンが呼んだ。


「では、失礼致します」


スエロはまた礼をして、戻っていった。


「……行ってしまわれたわ」


「まあ、あなたスエロ様を?」


「だって、殿下の侍従でいらっしゃるもの」


「それなら、お兄様を!?」


「あら嫌ですわ、ローズ様の前で失礼を」


「……でもわかるわ、お兄様なら」


「まあ、ローズ様ったら」


「ふふ、皆様もご同様でしょう?」


意味深に、令嬢たちは笑い合った。

レ=オンは王太子であることを除いても、貴族令嬢には当然のごとく、熱い視線を送られている。その容姿の謎めいた美しさも、見目に似合わぬ気さくさも、若い娘には申し分なく魅力的なのである。


「でも駄目よ、ご覧になって、あのご様子」


「本当に、眩しいほどのご寵愛ですわね」


「まだお若くておいでなのに、王太子妃殿下以外には目もくれなくていらっしゃって」


レ=オンとマルガレータが話しているのを、遠くから眺めて羨む。


「あら、わかりませんわよ。お父上様のドルアーグ魔天王陛下は、二十人以上のご側室をお持ちでいらっしゃるもの。ご新婚のうちはともかく……」


「お兄様はそんな方ではないわ。お父様にも、全然似ていらっしゃらないもの」


「そうですわよ、そんな不謹慎なこと……」


――


「ではな、マルガレータ。用が済めば、明日には戻る」


「はい、承知致しました。それでは、わたくしは失礼致します」


丁寧に頭を下げてから戻っていくマルガレータの後ろ姿を見送って、レ=オンは歩き出した。


「まったく何を話しているのやら、よくもあれだけ続くものだ」


「情報の早さでは、偵察の兵にも劣らぬでしょう」


呆れるように言ったレ=オンに対し、スエロはまた、いつもの無表情に戻って応える。


「何か言っていたのか?」


「ええ、白魔族の……ヴァロア子爵のご令嬢のことを」


レ=オンの表情が、一瞬硬くなった。


「――ヴァロア嬢に、何かあったのか?」


「はい。なんでも、ご懐妊なさったとか……」


――


「ただの噂ではなかったのか」


玉座のドルアーグは、少なからず驚いた。


「御意。子爵様には大変な痛憤のご様子で……」


前に跪く使者の白魔族が、控えめな同情を示して答えた。


「さもあろう。子爵にはまさしく掌中の珠。それを知らぬうちに、疵物(きずもの)にされていたとあってはな」


ドルアーグも嘆息する。美しく利発な少女の無邪気な笑顔を思い出すと、信じられぬ思いだった。


「儂とても目を掛けていた娘だ、子爵の力にもなりたいが……しかし、どうにもできぬ。こんなことに王から言葉を掛けるというのも、かえって外聞が悪かろう」


ドルアーグとしては、あの素直な娘をそこまで変えた、その想いを尊重してやりたいような気もした。

所詮我が子のことではないゆえの、無責任さかもしれないが。


「子爵にはその旨伝えよ。懊悩の気持ちは察するが、思い誤るなとな」


「……はっ。では、失礼申し上げます」


使者はゆっくりと頭を下げて、玉座の間を出た。その時、入れ違いにレ=オンが入ってきた。


「……父上」


「レ=オンか。何用だ」


息子の重苦しい面持ちに、ドルアーグはさして注意を払わない。


「今の使者は、ヴァロア子爵からの?」


レ=オンはちらりと、廊下を振り返って言った。


「ではご令嬢の話は……」


「お前には関わりのないことだ」


ドルアーグは眉を顰めて、ぶっきらぼうに応える。


「下らぬ噂話を真に受けて、軽率に口を挟むな!」


「……真実ではないのですか?」


「レ=オン!」


レ=オンは俯いて、スエロの言葉を思い返した。


――


「……懐妊……?」


「はい。私も、耳にしてはおりましたが」


「誰の……」


「公爵家の方ではないかと言われておりますが、確かなことはわかりません。

ご本人が、一切のことを話そうとなさらないそうで」


――


「何をしている、さっさと行かぬか!」


王は苛立たしそうに叱責する。


「……私の子です」


「――何?」


レ=オンは顔を上げた。


「カミーユが身籠もっているのは、私の子にございます」


王は凝然と、息子を見返した。その顔は重科人のごとく、沈痛な表情である。


「こ、こ……」


ドルアーグは目を剥いて、わなないた。


「え……衛兵! 衛兵ーーーっ!!」


王の叫びに、十人近くの兵士が駆け着けた。


「陛下!? いかがなさいました!」


「こ、この……この痴れ者を、牢にぶち込め! 一歩たりとも、外に出すな!!」


ドルアーグはレ=オンを指差して命じた。

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