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MASTERY - マスタリィ【第1部】  作者: 洲澄英里
Period 2 LOVERS - 第2章 知られざる日々
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18.結実

年老いた侍医は厳粛な面持ちで、カミーユの部屋から出てきた。

廊下で待っていた子爵と正妻は、駆け寄って尋ねる。


「ロドリア! どうなのだ、カミーユの容態は!?」


「……それが……」


「重い病に罹っているのではあるまいな!?」


「あなた……」


口籠もる侍医に殴りかからんばかりの勢いの子爵を、上品な顔貌の夫人が止める。


「どうなの、ロドリア」


夫を押しとどめながら、母も不安な表情は変わらない。

侍医は頭を下げた。


「ご安心を。ご病気というわけではございません」


「突然倒れたのだぞ!? 病気でないなら……」


「いえ、その……旦那様、奥様。驚かれるかと存じますが、落ち着いてお聞きください」


言いあぐねていた様子の侍医は、憚るように小声で告げた。


「ご懐妊です。

――カミーユ様は、お子様を身籠もっておられます」


「か……!?」


子爵は愕然となって、声も出せずに立ち尽くした。


「確かなの、ロドリア!?」


母は青冷めて、詰め寄る。


「間違いございません。早、三ヶ月近くになられるところです」


「お……な、なんてこと」


夫人も言葉を失った。

思いも寄らぬ娘の事態にどうしたらよいのかわからず、何も考えることができなかった。


――


突然、子爵は荒々しく扉を開けて、カミーユの部屋に踏み込んだ。


「カミーユ!!」


カミーユは寝台の上で、静かに座って窓の外を見ていた。


「カミーユ……!」


子爵は憤激に声を震わせながら、その傍らに駆け寄る。


「誰の子だ! 誰がお前を、そんな目に遭わせた!?」


瞳を潤ませ、娘の手を取る。


「可哀想に、カミーユ――」


「旦那様……」


横に立っていたウラカが、宥めるように声を掛ける。


「……産みますわ」


外を見たまま、カミーユは呟いた。


「産んで、私が育てます。私の子ですもの」


(そしてあの方の――)


「誰にも、この子を汚させは致しません!

誰からも、お父様からも守り抜いてみせますわ!!」


子爵を振り返って、カミーユはきっぱりと言った。

子爵の表情が、憐憫から憎悪のそれに変わっていく。


「こ……の、不埒者が!!」


「旦那様!」


カミーユを殴打しようとするのを、ウラカが必死に止めた。


「お鎮まりを、どうか」


「あなた! カミーユ!」


父の罵声や母の涙声の中で、カミーユはただひたすらに、レ=オンの言葉を思い返していた。


(……愛している、カミーユ――)


――


カミーユが妊娠しているという噂は、たちまちのうちに諸侯の間に広まった。その美貌と気性ゆえに黒魔族の貴族にさえ名の知られているカミーユの、未婚の懐妊ともなれば、人々の耳目を集めぬわけがなかった。


父のヴァロア子爵はカミーユを溺愛していたがためにその怒りも凄まじく、相手の名を吐かせようとカミーユを責め立てた。母のエレノアはそんな夫を諌め、宥めすかして優しく問うが、娘は頑として口を割らなかった。


そんな主人を、ウラカだけが心得て気遣っていた。


「カミーユ様……やはりお子はあの時の……?」


カミーユは答えない。


「誰にも、奥方様にも申しません。ウラカをお信じくださいませ」


それでも黙して語らないカミーユに、ウラカは涙を抑えることができなかった。


「姫様、お気の毒な……」


「泣いては駄目よ、ウラカ」


「――姫様」


ウラカが振り仰ぐと、カミーユは穏やかに微笑んでいた。


「あの方は、女の涙はお嫌いなの」


――だから、泣いたりしない。

たとえ人にどんな謗りを受けようとも。お父様、お母様、お許しください。


カミーユの心に、迷いはなかった。


――


やがて噂は、王宮まで届いた。

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