16.王太子妃マルガレータ
薄い灰色の寛衣に着替えて、レ=オンは寝室に向かった。奥の宮に新たに整えられた王太子妃の部屋のさらに一番奥、その新床があった。
部屋に入ると、大きな天蓋付きの寝台があり、天蓋から垂れた布の向こうにぼんやりと白い床が見える。
この王城にて珍しく白で統一された室内は、寝台の左右に置かれた燭台に照らされて、その火の柔らかな橙色に包まれている。
寝台の前の椅子に、マルガレータがすでに着席していた。レ=オンと同じ薄い寛衣はこれも白く、オレンジの光を纏っている。
レ=オンが近づくと、マルガレータはゆっくりと礼をした。レ=オンはマルガレータと向かい合わせの椅子に座り、次の「儀式」を待った。
女官が三人、並んで入ってきた。先頭の女官は小さな杯を高く捧げ持ち、二番目は緑色の酒瓶を持っている。最後の女官は手ぶらで、一番年を取っていた。
「では、お誓いを」
最後の女官の言葉を合図に、二人の女官が杯に葡萄酒を注いでレ=オンに手渡した。この杯を二人で空けて、最終的な夫婦の誓いとするのである。
レ=オンはぐっと半分ほどを呑み、女官に杯を返した。年長の女官がその中身を確認すると、今度はマルガレータに杯を渡す。マルガレータは少しずつ口に含んで、呑み慣れないらしいその残りを、ようやっと呑み干した。
杯をもう一度確認すると、女官は並んで一礼し、部屋を出ていった。
しばらくの間、レ=オンはそのままマルガレータを見つめていた。少女は無表情で、俯き加減である。薄い衣が光を浴びて、その肢体の華奢なことを知らせる。自分がひと月前に抱いた体と、同じように見えた。
「……お前を妻とする前に、告げておくべきことがある」
レ=オンはおもむろに、口を開いた。
「私はお前を妃に迎えた。これより先、長き道を共に歩んでいくことになろう。死する日まで、お前は生涯レ=オンの妃だ」
「……心得ております」
マルガレータは穏やかな声で応えた。さして緊張の感じられない、落ち着いた口振りである。
「妃として迎えた以上、私はお前を守る。夫としてあたうる限りのことをする。
――だが、私は先にほかの女を妻と認めた」
俯いたままのマルガレータの、肩が微かに動いた。
「生涯、その女だけを妻として……心を捧げる決意をした。おそらく、一生変わるまい」
「ご側室を……」
「側室にはせぬ! ……二度と会えぬ」
最後に見た儚い笑顔が、レ=オンの頭を掠める。
「私は側室は持たぬ。一生お前だけを妻として遇していく。王として、王妃を護ろう。
しかし、想いは変わらぬ」
レ=オンはまっすぐ、マルガレータを見た。
「……私が言うことは、これだけだ」
マルガレータは相変わらず無表情で、微動だにしなかった。今の話をどう感じているのか、窺い知ることもできない。
やがて、静かに口を開いた。
「わたくしは、魔天王になられる方の妃にと選ばれました。
殿下とご同様に、自らの意思を問われることなく、定められた身です」
蒼い瞳は、じっと下を見ている。
「殿下のお心、確かに承りました。この上、何も申し上げることはございません。
わたくしは妃として、わたくし自身の務めを果たすだけでございます」
そう言うと目を閉じて、マルガレータは頭を下げた。
「どうぞ、成すべきことをご遂行ください」
レ=オンは黙って、その言葉を聞いていた。マルガレータはレ=オンの想像以上に賢明な、誇り高い「妃」だった。これ以上、話す必要もない。
その軽い体を抱き上げて、レ=オンは寝台に入った。自分の性急な動作に薄く瞳を濡らした、恋人のことを思い出しながら。
その晩、マルガレータも少し泣いた。




