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MASTERY - マスタリィ【第1部】  作者: 洲澄英里
Period 2 LOVERS - 第2章 知られざる日々
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15.王太子の成婚

その日、王宮内の大広間で、王太子の婚約式が行われた。

婚約式と言っても何も特別なことはなく、王太子とその妃に決定した者との初顔合わせ、つまりお見合いである。それぞれの親・兄弟と家令・執事らを従えて、向かい合って証書に署名するだけの式だった。


天井の高い広間の、中央に小さな卓が置かれている。そこから少し離れて東側にレ=オン、西側にマルガレータが礼装して椅子に着く。

二人の後ろには親族と従者が、ずらりと整列して立っていた。


「これより、王太子エリス・レ=オン・ディ・ラングと、サーティス伯爵令嬢マルガレータ・カシス・エル・サーティスの婚姻を定める式を執り行う。異議のある者は前へ」


卓の前、双方の間に立つ進行役の貴族が、お決まりの文句を唱える。無論、異議のある者など名乗り出るわけはない。


「では、親族の了承の元にこの縁組を成立するものとする」


座っていた二人が、その言葉を合図に前へ進み出る。

黒い卓の前に立って、レ=オンは自分の妃になる少女を見つめた。


黒の礼服――ハイネックのドレスに身を包んだ、美しい少女。長い黒髪を後ろで纏め上げ、それが凛とした美貌を引き立たせている。

カミーユよりも深い海の蒼の瞳。きつくも見えるその顔立ちはやはりまだどこか幼くて、緊張のためか強張っているようにも見える。


レ=オンより少し年若の、人間ならば十五・六といった年頃だろう。これまでも宴やら何やらで何度か顔を合わせていたものの、親しく口を聞いたこともほとんどない。


――この娘も身分ゆえに不本意な結婚を強いられて、今ここに立っているのだろう。


ぼんやりとレ=オンが考えていると、従者が進み出て、前の卓上に小さな二枚の紙を置いた。

結婚の同意書である。


「両名、署名を」


レ=オンとマルガレータは、同時に署名した。向かい側でペンを持つ手が、わずかに震えているのをレ=オンは見た。


「これにて、両者の婚約をここに定める――」


――


婚約期間、マルガレータはルーカスの伯爵邸で王家のしきたりを学び、レ=オンは王宮で結婚に伴う王太子の責務について講義を受けていた。ひと月後の成婚まで、二人は顔を合わせぬ「決まり」だった。


急な発表に王都はにわかに賑わい、遠方からも様々な貴族や商人たちががやってきて――瞬く間にひと月経ち、その日が来た。

王太子レ=オンの結婚である。


魔族における婚礼は、通常三日かけて執り行われる。

王家の場合、一日目は王宮で、神ではなく先祖に誓いを立てる。これは新郎新婦の親兄弟までしか参列しない。その夜の宴も、簡素に夫婦別々の広間で行う。


二日目はお互いの親族をより多く集めて、やはり夕刻に宴を開く。この時は婚約式を行った大広間で二人共同席するが、席は新郎と新婦とで親族に囲まれて遠く離され、まだ正式な結婚には至らない。


三日目、この日は魔天公爵を筆頭とする白魔族の貴族も数多く招かれて、昼夜を分かたず盛大な宴となる。宴の中、新婦は既婚者の証として角を切り落とす。そしてその晩、ようやく新郎新婦が同衾して、結婚が成立するのである。


王族ゆえに規模は違うが貴族ならば大概はこの形で、「角落とし」を除けば、白魔族もほとんど変わるところはない。もっとも平民は三日間式を挙げても、内容はかなり簡略化される。黒魔族の夫人が角を切る風習は貴族階級のみに限られ、子供のうちに男女問わず角が切られる。


今回は、王太子の婚儀でありながら異例の早さで決まった。だが有力な貴族には発表前から通知されており、式もつつがなく挙行された。

三日目の宴には娘の姿はなかったものの、ヴァロア子爵夫妻とその嫡男とが出席していた。また、魔天公爵も近く代替わりするということで、現在の公爵に代わって息子のエヴァンが祝辞を述べた。


エヴァンはレ=オンよりも随分年上の、温雅で物静かな風貌の男だった。


「次代の公爵も、なかなかにご立派な……」


「すでに成人されて久しくあるし、襲爵なさるのが遅すぎたぐらいでは?」


「いや、それがどうやらご側室のことで問題が」


「ああ、あの男爵令嬢とはいえ、公爵には不釣り合いな小家の」


「結局、公爵閣下(ガルマ様)のほうが折れたらしい。エヴァン様に、彼女と別れるならば爵位は継がぬと脅されたとか」


そんな貴族たちの噂話は、レ=オンの耳にも届いた。


――別れるならば、爵位は要らぬか。愛する女を側室などには置けぬが……


それすらできなかった自分の恋は、誰の口に上ることもない。

レ=オンの目の前、宴の輪の中央で今宵妻となる女の角が切り落とされて、わっと歓声が上がった。


「おめでとうございます!」


「これでマルガレータ様は妃殿下、次なる王妃様ぞ!」


「いやまったく、お似合いのご夫婦じゃ!」


確かに、美しい少女だった。同年代の貴族の娘たちでもぬきんでた美貌と、教養の持ち主である。艶やかな黒の似合う、カミーユとは異質の高雅な雰囲気。


それが、レ=オンに定められた相手だった。


「これにて、王太子殿下並びに王太子妃殿下、ご退出にございます」


侍従の言葉にレ=オンは起立して、マルガレータに少し遅れて広間を出た。従者に囲まれた少女はレ=オンとは反対側の、廊下の奥に消えていった。


「レ=オン様はこちらへ」


スエロに促され、レ=オンも控えの間に足を向けた。

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