14.誓い
東の空が、静かに白み始めていた。
一晩中聞こえていた虫の音が止み、鳥の声が風に混じって聞こえてくる。
間もなく、夜が明けるのだ。
レ=オンの黒いマントを羽織って、二人はじっと抱き合っていた。
「……レ=オン様」
カミーユが優しく囁く。
「何かお話しください」
「……何を?」
「なんでも……お声を忘れぬように」
腕の中で微笑む白い顔が、レ=オンには限りなく愛しかった。
「まだ憶えておらぬのか?」
そう言いながら、カミーユを抱きしめる。
「……忘れられぬ鎖をやろう」
「――鎖?」
レ=オンは黒装束の中から、あのチョーカーを取り出した。
「母上の形見だ」
「亡き王妃様の?」
レ=オンはチョーカーの継ぎ目を持って、魔力をそこに集めた。
「カミーユ、お前も手を出せ」
「こう、ですか?」
カミーユがレ=オンの手に自分の手を重ねると、ぱっと光が瞬き、チョーカーの一部が削ぎ落とされて宙に浮かんだ。
二人の手から発する魔力を吸い取って、その破片は小さく丸く、たちまち一つの耳飾りに形を変えた。
レ=オンはその耳飾りを手に取ると、自分の左耳に魔力で着けた。
「これは、共鳴体だ」
今度はチョーカーを持って、カミーユの首に嵌め込む。
「これを着けていれば、互いのことがわかる。どこにいようと、異変があればすぐにな」
「レ=オン様……」
チョーカーとピアスが、薄く光った。
「指輪よりも確かに、私とお前を繋ぐ。――我が妻は生涯、お前だけだ」
レ=オンの、真実の言葉だった。
「エリス・レ=オン・ディ・ラングはここに誓う。……お前も誓うか? カミーユ・フォン・ヴァロア」
「……はい」
涙を堪えて、カミーユもそれに倣った。
「誓います。生涯――ほかの、誰の元にも嫁ぎません」
命ある限り、想い合う二人の誓い。
それは小さな、結婚式だった。
――
夜明けの薄暗い部屋の中で、ウラカはじっと長椅子に座っていた。突然、その前の空間に小さな「穴」が空いた。
ウラカが立ち上がると、転位の「穴」から主人が現れた。
「カミーユ姫様!」
駆け寄る乳母に、カミーユは優しく笑いかける。
「ウラカ、ごめんなさい」
「ご無事で、姫様」
ウラカは安堵して、瞳を潤ませる。
「ご安心を、お屋敷のほかの方々は誰一人気づいておりません。お戻りになられること、信じておりました」
カミーユは無言で、窓の外を見る。朝の光が、穏やかに辺りを照らし始めていた。
「――姫様、あの方は……」
ウラカが遠慮がちに問うと、カミーユの目から涙が溢れ出した。
「姫様!」
「……今日だけよウラカ。もう二度と、泣かないから」
――今日だけは、せめて。
忘れずとも、失った恋を抱いて生きるために。
「泣く女は……お嫌いですもの……」
そう言って、頬を濡らしながらも微笑むその姿は、ウラカが知る今までのどんなカミーユよりも、美しく見えた。
――
一方王宮では、玉座にドルアーグが沈痛な面持ちで座っていた。そこへ、近衛の兵士が慌てて駆け込んできた。
「陛下! 王太子殿下がただ今お戻りに!」
「戻ったのか!」
ドルアーグが立ち上がると、スエロに伴われて、息子がゆっくりと玉座の間に入ってきた。
「……ご迷惑をおかけ致しました」
昨日とは別人の振る舞いで、王の前に頭を下げる。
「レ=オン!! お前は……」
「式は正午からとの仰せでしたが、ご用意はよろしいのですか。伯爵家の方々も、もう参られるのでしょう」
「な……」
レ=オンはまっすぐに、王を見上げた。
毅然としたその様子に、王のほうがたじろいだ。
「陛下、急ぎませんと殿下のお支度が」
スエロが進み出て、奏上する。
「……行け!」
睨み合うのをやめて、ドルアーグは顎をしゃくった。
「失礼致します」
レ=オンは一礼して、またスエロとともに去っていった。
「あやつ……」
ドルアーグは独り言ち、息子の様子を訝しんだ。
入れ代わりに入ってきた騎士が、一礼をする。
「陛下、サーティス様ご一行、ルーカスの別邸を出られたと前触れが参りました」
「――ああ、うむ」
ため息を一つ吐いて、ドルアーグも慌ただしく玉座の間を出た。




