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MASTERY - マスタリィ【第1部】  作者: 洲澄英里
Period 2 LOVERS - 第2章 知られざる日々
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13.恋人たちの夜

遅い日が暮れ、屋敷をすっかり夜の帳が包み込む。

レ=オンはどこからか卓と燭台を持ってきて、小さな火を灯した。


「父上から拝領した土地の屋敷だ。この辺りにはいくつもこんなところが点在しているが、今はどれも無人になっている」


落ち着きを取り戻して語る声を聞きながら、カミーユはじっと床に座っている。


「これから、どうなさるおつもりですか」


ぽつりと、カミーユが呟く。レ=オンは故意に明るい声で、


「さてどうするか……明日以降はおそらくここにも、探索の手が伸びるであろうし」


そう言いながら、カミーユを笑顔で振り返る。


「いっそ、南へ逃げるか。まず西へ行って南下して、人間どもの勢力圏まで逃げ切れれば、なんとかなろう」


「レ=オン様」


カミーユは責めるような目で、レ=オンを振り仰ぐ。


「本気で、そんなことをお考えですの?」


レ=オンも作り笑いをやめて、真顔になった。


「――本気では悪いのか」


卓上に置かれた燭台の火が、金の瞳を照らし出す。カミーユは青い瞳で、射すようなその目を見つめ返した。


「王も、ご親族も……国をも、捨ててゆかれるのですか」


「元よりその覚悟だ」


「王として、今この不安定な国を、民を見捨ててよろしいのですか!?」


カミーユの顔と声とが、一段と険しくなる。


「レ=オン様は次代の――」


「王位など要らぬ!」


レ=オンも声を荒げた。


「好きで生まれ就いた身分ではないわ!

この百年、国が私に与えてくれたものと言えば、束縛と重圧でしかなかった! 今さら、なんの未練があるものか!!」


長い間の鬱積を、勢いに任せてカミーユにぶつける。


「国がどうなろうと知ったことか! もはや何も望まぬ!

……私は」


言い知れぬ激情が体の中を駆け巡るのを、レ=オンは堪えがたい想いで感じていた。


「お前さえいれば、それでいい……!」


噛みしめるように言ったレ=オンの、拳が震えていた。


「無理ですわ」


カミーユはゆっくりと、厳しい声で言った。


「どこまで逃げても、振り切れるはずがございません」


「な……」


「レ=オン様もおわかりのはず……」


「何がだ!」


レ=オンはカミーユの前に膝を着き、説得というには激しすぎる声で怒鳴った。


「この広大な世界に、たった二人隠れられぬわけがどこにある。人知れぬ地にて隠棲する者など、山とおろうが!

エルフや妖精や……世捨て人と自ら名乗る、隠者どももな!」


「そういうことを、申し上げているのではございません。

レ=オン様には国をお捨てになることなど、おできにならない、と申し上げているのです」


カミーユはことさら、穏やかな調子で語った。


「今、魔族は極めて政情不安な状態にありますわ。

(さき)の内乱から百年を経たとはいえ、僻遠の地にある諸侯らも未だ野心を育て、隙あらば王に叛意を向ける二心を抱いておりますのに……王太子殿下の出奔など、謀叛の口実を与えてしまうようなものです」


「だからなんだ!? 私は国など知らぬと」


「いいえ!」


カミーユはレ=オンの視線を避け、横を向いた。


「忘れることなど、できませんわ。

レ=オン様は……」


哀しげに、微笑を浮かべる。


「確かに王の血を、そのお心を宿しておられるのですから」


カミーユは目線を外したまま、言い続ける。


「この戦乱の世にあって誰より強靱な……あなた様以上に王に相応しい方など、どこにもおられません」


きっぱりと言い切るその声に、レ=オンのやり場のない怒りが噴き上がった。


「では、どうすればよいのだ!」


両手でカミーユの体を、必死に揺さぶる。


「戻って、素直に妃を娶れというのか!

王の宿命(さだめ)と甘受して、お前を忘れて……それでよいのか!?」


カミーユの頬を、涙が流れ落ちた。


「お許し、ください。私は――」


蒼い、空を溶かした瞳が、レ=オンのほうを向く。


「……生涯忘れることは、叶いません」


嗚咽も上げず、慟哭するでもない、ただ静かに流れる涙。


「想い続ける自由だけは……どうか……」


それ以上の言葉は、レ=オンの唇に塞がれた。


まったくの同種族であったなら、側にいられたかもしれなかった。

貴族でさえなかったなら、禁じる者もおそらくなかった。

何より、王族でなければ――せめて嫡男でさえ、なかったら。


その夜が精一杯の、二人に許された一夜だった。

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