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MASTERY - マスタリィ【第1部】  作者: 洲澄英里
Period 2 LOVERS - 第2章 知られざる日々
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10.母の言葉

レ=オンは一人、物思いに耽っていた。

夕暮れ近く、自室の寝台に寝転んで、カミーユのことを考える。


今日は、来ていなかった。


いつしか、次に会う時を約束するようになっていた。そして三日前には、今日の午後にまた、と言い合って別れた。

家人に見咎められたのか、急な来客でもあったか?


一週間ほど前の、寂しげなカミーユの横顔が、ふと脳裏をよぎった。


(からかってみただけですわ)


あの日のカミーユを思い返してみると、やはりどこか元気がなかった。


(あの言葉は真実だったのか?

言いあぐねていただけで、本当は私に何か、言いたいことがあったのではないのか)


「……わからん」


呟いて、レ=オンは横を見た。視線の先、わずかに扉の開いた暗い隣の部屋の中に、薄く光るものが見えた。

レ=オンは起き上がり、光に近づいた。


しばらく入っていなかったその小部屋には、レ=オンが鍛練に愛用していた剣や鎧、魔道具(マジック・アイテム)や書物などが、乱雑に積み上げてあった。

その中に埋もれた机の上に、小さな包みが置かれていた。


藍色のビロードにくるまれた包みを手に取り、開いてみる。


「――これは」


中にあったものは、金色に輝いた首飾り(チョーカー)だった。

太目の黄金に、蔓草を模した文様が、細かく彫刻されている。


「こんなところに、あったのか」


レ=オンの頭の中に、遠い日の記憶が蘇ってきた。


――


「母上、母上。ご気分が、お悪いのですか」


レ=オンが十にもならない子供のころ、まだ母の王妃は存命だった。しかし時折胸を抑えて、苦しげにしていることがあった。


「大丈夫ですよ、レ=オン。少し疲れているだけ」


そうして微笑む母は、線の細い、美しい人だった。

その笑顔も儚げに見えて、母が笑うたび、レ=オンはいつも不安になった。


「母上、その首飾りが、お苦しいのではありませんか」


式典の時など公式の場で見たことはなかったが、普段の母は、金のチョーカーを外そうとはしなかった。

母の細い首にはあまりに不釣り合いで、幼いレ=オンには、重い首輪のようにさえ見えた。


「まあレ=オン、これは母様のお守りなのですよ」


「お守り?」


「そう、陛下がわたくしの身を案じて作らせてくださった、大切な品なのです」


その文様に隠された古語の文字が、厄災を祓う護符の意味を持つとレ=オンが知ったのは、母の死後のことだった。


「王家に嫁してから、病を得てしまったわたくしを護ってくださるために……

お陰で、わたくしは、あなたを得られたのですから」


側室を数多く迎えながら、王は王妃が病を理由に王宮を辞することを、決して許さなかった。


「これは、陛下がわたくしに示してくださったお心。

だからレ=オン、わたくしは、これをあなたに遺しましょう」


その後、妹を産んで、母は逝った。


「いつか、あなたが誰よりも大切に……心から護りたいと思ったその女性に、この品を渡しなさい。

そして、その方を慈しみなさい。――母の願いです」


「……母上です」


「え?」


「私が護りたいのは、母上です。だから、お元気でいてください」


「レ=オン……」


母は寂しそうに、また笑った。


「そうですね……あなたがその方を認めた時、わたくしがまだ傍にいられたなら……

これは、わたくしの手から伝えましょう」


「きっとですよ、母上」


「ええ、レ=オン……」


――


形見として自分の手に渡されながら、その所在とともに忘れかけていた言葉だった。


レ=オンは母を、誰より美しい女性だと思っていた。幼い日に意味もわからず約束しながら、母以上に大切に思う女性など、いつになっても現れはしないと信じていた。


(レ=オン様!)


突然、カミーユの顔が頭に浮かんだ。


むくれている顔、はしゃいで笑った顔、盗み見た寝顔――。

そして、黙って涙を零していた顔。


(……美しいと、思った)


手の中のチョーカーを見つめているうち、レ=オンの胸が騒ぎ始めた。


(私は……)


「――レ=オン様?」


はっとして、レ=オンが振り向くと、スエロが立っていた。


「いかがなさいました」


「い、いや」


レ=オンは慌てて、隠すようにそのチョーカーを懐に入れた。


「何か用か」


「陛下がお呼びでございます」


「父上が?」


レ=オンは小部屋を出て寝室を抜け、自室を出ようとした。

窓外に目をやると、庭の噴水を囲む無数の篝火が見えた。


「中庭の警備が、随分と物々しいな。

城内にも、常より兵士が多いようだが」


「わけは陛下にお聞きください」


「あ、ああ」


レ=オンが部屋を出て王の私室に向かおうとすると、スエロが無機質な声で制した。


私室(中奥)ではございません。玉座の間においでください」


「……玉座の間?」


レ=オンは眉をひそめたが、スエロは無言で頭を下げた。

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