10.母の言葉
レ=オンは一人、物思いに耽っていた。
夕暮れ近く、自室の寝台に寝転んで、カミーユのことを考える。
今日は、来ていなかった。
いつしか、次に会う時を約束するようになっていた。そして三日前には、今日の午後にまた、と言い合って別れた。
家人に見咎められたのか、急な来客でもあったか?
一週間ほど前の、寂しげなカミーユの横顔が、ふと脳裏をよぎった。
(からかってみただけですわ)
あの日のカミーユを思い返してみると、やはりどこか元気がなかった。
(あの言葉は真実だったのか?
言いあぐねていただけで、本当は私に何か、言いたいことがあったのではないのか)
「……わからん」
呟いて、レ=オンは横を見た。視線の先、わずかに扉の開いた暗い隣の部屋の中に、薄く光るものが見えた。
レ=オンは起き上がり、光に近づいた。
しばらく入っていなかったその小部屋には、レ=オンが鍛練に愛用していた剣や鎧、魔道具や書物などが、乱雑に積み上げてあった。
その中に埋もれた机の上に、小さな包みが置かれていた。
藍色のビロードにくるまれた包みを手に取り、開いてみる。
「――これは」
中にあったものは、金色に輝いた首飾りだった。
太目の黄金に、蔓草を模した文様が、細かく彫刻されている。
「こんなところに、あったのか」
レ=オンの頭の中に、遠い日の記憶が蘇ってきた。
――
「母上、母上。ご気分が、お悪いのですか」
レ=オンが十にもならない子供のころ、まだ母の王妃は存命だった。しかし時折胸を抑えて、苦しげにしていることがあった。
「大丈夫ですよ、レ=オン。少し疲れているだけ」
そうして微笑む母は、線の細い、美しい人だった。
その笑顔も儚げに見えて、母が笑うたび、レ=オンはいつも不安になった。
「母上、その首飾りが、お苦しいのではありませんか」
式典の時など公式の場で見たことはなかったが、普段の母は、金のチョーカーを外そうとはしなかった。
母の細い首にはあまりに不釣り合いで、幼いレ=オンには、重い首輪のようにさえ見えた。
「まあレ=オン、これは母様のお守りなのですよ」
「お守り?」
「そう、陛下がわたくしの身を案じて作らせてくださった、大切な品なのです」
その文様に隠された古語の文字が、厄災を祓う護符の意味を持つとレ=オンが知ったのは、母の死後のことだった。
「王家に嫁してから、病を得てしまったわたくしを護ってくださるために……
お陰で、わたくしは、あなたを得られたのですから」
側室を数多く迎えながら、王は王妃が病を理由に王宮を辞することを、決して許さなかった。
「これは、陛下がわたくしに示してくださったお心。
だからレ=オン、わたくしは、これをあなたに遺しましょう」
その後、妹を産んで、母は逝った。
「いつか、あなたが誰よりも大切に……心から護りたいと思ったその女性に、この品を渡しなさい。
そして、その方を慈しみなさい。――母の願いです」
「……母上です」
「え?」
「私が護りたいのは、母上です。だから、お元気でいてください」
「レ=オン……」
母は寂しそうに、また笑った。
「そうですね……あなたがその方を認めた時、わたくしがまだ傍にいられたなら……
これは、わたくしの手から伝えましょう」
「きっとですよ、母上」
「ええ、レ=オン……」
――
形見として自分の手に渡されながら、その所在とともに忘れかけていた言葉だった。
レ=オンは母を、誰より美しい女性だと思っていた。幼い日に意味もわからず約束しながら、母以上に大切に思う女性など、いつになっても現れはしないと信じていた。
(レ=オン様!)
突然、カミーユの顔が頭に浮かんだ。
むくれている顔、はしゃいで笑った顔、盗み見た寝顔――。
そして、黙って涙を零していた顔。
(……美しいと、思った)
手の中のチョーカーを見つめているうち、レ=オンの胸が騒ぎ始めた。
(私は……)
「――レ=オン様?」
はっとして、レ=オンが振り向くと、スエロが立っていた。
「いかがなさいました」
「い、いや」
レ=オンは慌てて、隠すようにそのチョーカーを懐に入れた。
「何か用か」
「陛下がお呼びでございます」
「父上が?」
レ=オンは小部屋を出て寝室を抜け、自室を出ようとした。
窓外に目をやると、庭の噴水を囲む無数の篝火が見えた。
「中庭の警備が、随分と物々しいな。
城内にも、常より兵士が多いようだが」
「わけは陛下にお聞きください」
「あ、ああ」
レ=オンが部屋を出て王の私室に向かおうとすると、スエロが無機質な声で制した。
「私室ではございません。玉座の間においでください」
「……玉座の間?」
レ=オンは眉をひそめたが、スエロは無言で頭を下げた。




