9.叶わぬ夢
「お父様、お久しぶりです」
「元気だったか、カミーユ」
子爵は久しぶりに会った娘に、眩しいものを感じた。
「少し、落ち着いたようだな?」
目を細め、愛おしげにカミーユを見つめる。
「もう半年近くになることだし、そろそろ我が家が恋しかろう?」
「会いに来てくださったことは嬉しく思いますけれど、そんなに幼くはありませんわ」
カミーユは、大人びた口調で答える。
実際は、自分のほうこそ娘が恋しい子爵は、満足そうに頷きながらも、内心寂しく思った。
「うむ、まあそうであろうが。
その様子ならば、もう公爵の世話になる必要もあるまい。エレノアも寂しそうであったしな」
「え……」
「戻ってくるがいい。今日のところは所用があるゆえ……
そうだな、十日後に迎えを来させる」
――
「レ=オン! レ=オン、おらぬのか!!」
王太子の私室を探し回る王の前に、スエロが現れた。
「恐れながら陛下、殿下は外出なされたようでございます」
「――また抜け出しおったのか!」
「御意」
ドルアーグは、深いため息をついた。
「まったく、困ったものよ」
「火急のご用でございましたら、わたくしがお探し致しますが」
「ああ、よい。こうなれば、前日まで伏せておく」
半ば投げやりに言って、ドルアーグはレ=オンの私室の椅子に、どっかりと座った。
「いざとなれば、牢に閉じ込めてでも説得してやるわ」
「殿下はまだ、何も……」
「始めから話していたなら、こうも容易くまとめられはせぬ。
元々、あれを諌めるためのことなのだ。反発するは、承知の上」
ドルアーグは、ちらりとスエロを一瞥した。
「お前と乳母は、不満であろうがな」
「不満など……わたくしどもはただ、少々早すぎるお話かと」
「早すぎるぐらいで、丁度よいのだ。お前たちは、レ=オンに対して甘すぎる。
――いずれにせよ、もはや決定したことだ。今さら、覆せぬ」
王は自分自身に、言い聞かせるように言った。
「発表は八日後。それまでは、レ=オンには一切、知らせぬことだ」
――
レ=オンはそのころ、カミーユと森にいた。
「このところ、父上がやかましくて敵わぬ。
成人もまだというのに、領地の割譲だのなんだのと……何を焦っておられるのか」
うんざりといった顔つきで、独り言のように愚痴る。
「レ=オン様を、心底ご心配なさっておいでなのでしょう。
王太子殿下であられることを除いても、数あるお子様たちの中で、一番のご愛息ですもの」
カミーユは、宥めるように応える。
「想ってくださるのなら、干渉しすぎてほしくはない。
いっそのこと、お前のように、よそに修行にでも出してくだされば……」
レ=オンがそう言いかけた時、カミーユの表情が、ふっと曇った。
「……カミーユ?」
カミーユは俯いて、返事もしない。
「どうした。何かあったのか?」
レ=オンは無心で尋ねる。カミーユは、ますます顔を伏せた。
「カミーユ」
ついぞ見たことのない影のある瞳で、カミーユは急に、レ=オンを見上げた。
「レ=オン様、もし」
「もし?」
レ=オンが一瞬たじろぎながらも繰り返すと、カミーユはまた、黙ってしまった。
「もし……なんだ」
わけがわからず、レ=オンは困惑する。
「……いえ。なんでもございません」
「なんだそれは」
レ=オンが不服そうな声を出すと、
「なんでもありませんの。
勝手なことばかりおっしゃるから、ちょっとからかってみただけですわ」
カミーユは一転して無邪気な笑い声を上げながら、空を翔んだ。
「……カミーユ! こら、待て!」
レ=オンは口惜しさに赤面して、笑い声を追いかけた。
――
何も言い出せないまま、カミーユは残された日々を過ごした。
実家の子爵邸に戻れば、そうおいそれと抜け出せはしない。我が家はロメオから遠く東、王宮からはなお遠い。
何よりも、もう会ってはいけない。
カミーユは、ようやく自分の気持ちに気づき始めていた。そして同時に、思い知らされたのだ。
自分とレ=オンの立場を。その身分が受ける、制約を。
だから、気づきたくなかったのだ。
認めてしまえば、終わってしまう日々だった。
(もし……なんだというのだろう? あの時、私は何を言おうとしたの?)
カミーユは苦笑した。
ありえようはずのないものを、望んだ自分に。
(何も言わずに去ろう。きっとあの方は、酷くお怒りになって……)
そして、自分を忘れるだろう。
白い頬を、一筋の雫が流れ落ちた。




