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MASTERY - マスタリィ【第1部】  作者: 洲澄英里
Period 2 LOVERS - 第2章 知られざる日々
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9.叶わぬ夢

「お父様、お久しぶりです」


「元気だったか、カミーユ」


子爵は久しぶりに会った娘に、眩しいものを感じた。


「少し、落ち着いたようだな?」


目を細め、愛おしげにカミーユを見つめる。


「もう半年近くになることだし、そろそろ我が家が恋しかろう?」


「会いに来てくださったことは嬉しく思いますけれど、そんなに幼くはありませんわ」


カミーユは、大人びた口調で答える。

実際は、自分のほうこそ娘が恋しい子爵は、満足そうに頷きながらも、内心寂しく思った。


「うむ、まあそうであろうが。

その様子ならば、もう公爵の世話になる必要もあるまい。エレノア(母親)も寂しそうであったしな」


「え……」


「戻ってくるがいい。今日のところは所用があるゆえ……

そうだな、十日後に迎えを来させる」


――


「レ=オン! レ=オン、おらぬのか!!」


王太子の私室を探し回る王の前に、スエロが現れた。


「恐れながら陛下、殿下は外出なされたようでございます」


「――また抜け出しおったのか!」


「御意」


ドルアーグは、深いため息をついた。


「まったく、困ったものよ」


「火急のご用でございましたら、わたくしがお探し致しますが」


「ああ、よい。こうなれば、前日まで伏せておく」


半ば投げやりに言って、ドルアーグはレ=オンの私室の椅子に、どっかりと座った。


「いざとなれば、牢に閉じ込めてでも説得してやるわ」


「殿下はまだ、何も……」


「始めから話していたなら、こうも容易くまとめられはせぬ。

元々、あれ(レ=オン)を諌めるためのことなのだ。反発するは、承知の上」


ドルアーグは、ちらりとスエロを一瞥した。


「お前と乳母(シェラ)は、不満であろうがな」


「不満など……わたくしどもはただ、少々早すぎるお話かと」


「早すぎるぐらいで、丁度よいのだ。お前たちは、レ=オンに対して甘すぎる。

――いずれにせよ、もはや決定したことだ。今さら、覆せぬ」


王は自分自身に、言い聞かせるように言った。


「発表は八日後。それまでは、レ=オンには一切、知らせぬことだ」


――


レ=オンはそのころ、カミーユと森にいた。


「このところ、父上がやかましくて敵わぬ。

成人もまだというのに、領地の割譲だのなんだのと……何を焦っておられるのか」


うんざりといった顔つきで、独り言のように愚痴る。


「レ=オン様を、心底ご心配なさっておいでなのでしょう。

王太子殿下であられることを除いても、数あるお子様たちの中で、一番のご愛息ですもの」


カミーユは、宥めるように応える。


「想ってくださるのなら、干渉しすぎてほしくはない。

いっそのこと、お前のように、よそに修行にでも出してくだされば……」


レ=オンがそう言いかけた時、カミーユの表情が、ふっと曇った。


「……カミーユ?」


カミーユは俯いて、返事もしない。


「どうした。何かあったのか?」


レ=オンは無心で尋ねる。カミーユは、ますます顔を伏せた。


「カミーユ」


ついぞ見たことのない影のある瞳で、カミーユは急に、レ=オンを見上げた。


「レ=オン様、もし」


「もし?」


レ=オンが一瞬たじろぎながらも繰り返すと、カミーユはまた、黙ってしまった。


「もし……なんだ」


わけがわからず、レ=オンは困惑する。


「……いえ。なんでもございません」


「なんだそれは」


レ=オンが不服そうな声を出すと、


「なんでもありませんの。

勝手なことばかりおっしゃるから、ちょっとからかってみただけですわ」


カミーユは一転して無邪気な笑い声を上げながら、空を翔んだ。


「……カミーユ! こら、待て!」


レ=オンは口惜しさに赤面して、笑い声を追いかけた。


――


何も言い出せないまま、カミーユは残された日々を過ごした。


実家の子爵邸に戻れば、そうおいそれと抜け出せはしない。我が家はロメオから遠く東、王宮からはなお遠い。


何よりも、もう会ってはいけない。


カミーユは、ようやく自分の気持ちに気づき始めていた。そして同時に、思い知らされたのだ。

自分とレ=オンの立場を。その身分が受ける、制約を。


だから、気づきたくなかったのだ。

認めてしまえば、終わってしまう日々だった。


(もし……なんだというのだろう? あの時、私は何を言おうとしたの?)


カミーユは苦笑した。

ありえようはずのないものを、望んだ自分に。


(何も言わずに去ろう。きっとあの方は、酷くお怒りになって……)


そして、自分を忘れるだろう。

白い頬を、一筋の雫が流れ落ちた。

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