8.変わらぬ日々を
三日後、カミーユはクーガを送った川岸に来ていた。
流れる水に想いを馳せながら、考えるのはレ=オンのことだった。
――多分もう、おいでにならない。
「主」はもういない。レ=オンは以前、泣く女は嫌いだと言っていた。
(私ももう、ここに来ることは……)
不意に、後ろから風が吹いた。
カミーユが振り返ると、木立からレ=オンが現れた。
「レ=オン、様……!?」
「カ……」
レ=オンは息を切らせている。
カミーユは目を見開いて、その姿を見つめた。
「……レ=オン様、どうして」
「おまえ、が……」
「え?」
必死に息を吐きながら、レ=オンは途切れ途切れに応えた。
「お前が、泣いている、ような……気が、して……」
「――っ!」
カミーユはじっと、レ=オンの喘ぐ様を見ていた。柔らかな風が、二人の間を吹き抜けていく。
ようやくレ=オンの息が整ったころ、カミーユは言った。
「……泣きません」
まっすぐな瞳で、レ=オンに向かう。
「もう泣きません」
その顔は、穏やかに微笑んでいた。
レ=オンは、なんとも言えぬ表情をする。
「ご心配なく。レ=オン様も、泣く女は嫌いだとおっしゃったでしょう?」
一瞬、レ=オンの顔に羞恥の色が浮かんだ。
「私も、涙は嫌いです」
そう言って、カミーユはふわりと翔んだ。
しばし呆然となったレ=オンも、やがてそのあとを追った。
――そうとも。女が泣くのは好かぬ。
女の最も醜い姿は、泣き顔だと思っていた。
なのに。
カミーユのその姿は、レ=オンにとって嫌悪すべきものではなかった。
むしろ、その逆だった。
……女の泣き顔を、初めて、美しいと思った。
――
二人で花を摘んで、小川に流した。岩場に残されていた殻を砕いて、まとめて流した。
クーガの手向けに、思いつくことはすべてやった。
そして森での「密会」は、そのあとも続いた。
「なぜ、おいでになりますの?」
「お前は、なぜだ?」
見合わせた、互いの視線にどきりとする。
「私は……クーガに出逢う以前から、ここに来ておりますから」
カミーユは、顔を背けて言った。
「私とて、クーガを知らぬころに、この森を見つけたのだ」
レ=オンも同じように、横を向く。
「それに、ここに来ると退屈せぬ。
私にこれほど無礼を働く者など、王宮にはおらぬからな」
「――私こそ、こんなに横暴な方は、ほかに知りません」
顔を合わせないまま、しばし沈黙する。
先に、レ=オンが呟いた。
「なら、別に……よかろう」
「……はい」
自らの想いを持てあまして、思わぬことを口にした。
二人とも、同じだった。
(別に……いい)
(このままで……)
――
二人が森ですることといったら、その後も他愛のない遊びばかりだった。鳥の巣を見つけては喜び、魚を追っては笑った。
クーガがいたころと、変わりはしなかった。相変わらずの口の悪さで、相変わらずの戯れ合い。
何もわからぬ、子供のように。
それでも会わずにいられない二人だけの時間は、永遠のものに感じられていた。
そう信じていた。
だが二人の間では変わらぬように見えて、小さな魂の触れ合いは、確かに彼らを変えつつあった。




