表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MASTERY - マスタリィ【第1部】  作者: 洲澄英里
Period 2 LOVERS - 第2章 知られざる日々
40/86

7.別れ

それから十日あまりの間、レ=オンは森に行くことができなかった。

父のドルアーグ王に同行させられて、南西方面の地方評議会を、視察に回っていたのである。


王宮に帰還したその日、ようやく侍従の隙を見て抜け出した。

“二人”が変わらず待っていてくれることを願って、レ=オンは翔んだ。


森に着くと、大股で歩きながら声を張る。


「クーガ! クーガ!!」


レ=オンは大声で呼んでみたが、ドラゴンは現れず、森は静まり返っている。


何者かの気配を感じて、レ=オンは川へ向かった。

岸に出たそこに、カミーユが座っていた。


「カミー……」


レ=オンが安堵して近づくと、その腕にはクーガが抱きかかえられていた。

眠っているかのように、瞳を閉じた小さな体。


――違う。眠っているのでは……ない。


「……クーガ」


レ=オンの声に、もはや答えることもない。

クーガの体は全身の鱗が抜け落ちて、青みの失せた、白灰色の抜け殻に変わり果てていた。


カミーユは無表情で、視線を落として微動だにしない。


レ=オンはその横に座り、友の亡骸を見つめた。湧き上がる哀惜の念を、じっと耐えるほかなかった。


「……水葬、でしたわね」


ぽつりと、生気のない声でカミーユが呟いた。


「ドラゴンは皆、水に還るものだと、聞いたことがございます」


カミーユの目は前方の川を見つめていて、レ=オンには視線を移さない。いつにも増して白いその横顔に、レ=オンの胸は痛んだ。


「――ああ」


レ=オンは短く応えて、クーガの遺体をカミーユの手から抱き上げた。

その体はあまりに軽くて、驚くほど冷たい。


せめて、最期を看取ってやりたかった。


レ=オンが立ち上がって川に進み出ると、


「私が!」


カミーユが制するように立った。まっすぐ、毅然とした顔でレ=オンを見つめる。


「……わかった」


レ=オンは友を、カミーユに手渡した。

カミーユは愛おしげに竜を抱いて、川縁にしゃがんだ。


ドレスの腰に垂れた帯の先を切り裂いて、丁寧に遺体をくるむ。白い布の中に、なお白いクーガの顔が見えなくなる。


カミーユがそっと水の中に滑り込ませると、白い塊は一旦沈みかけてから浮き上がり、ゆっくりと下流へ流れていった。

二人は無言で、友の行き先を見送った。小さな包みが見えなくなり、それでも動かなかった。


随分と長い間そうしていたが、上のほうから羽ばたきが聞こえて、思わずレ=オンは空を仰いだ。

山鳥が、頭上高く飛び立っていく。その姿を確認すると、レ=オンはカミーユに目をやった。


動かない白い頬を、涙が伝っていた。


「――カミーユ……」


声も出さず、身動き一つせず、カミーユは泣いていた。

涙だけが青い瞳から溢れ、流れ零れ落ちていく。


レ=オンは堪らず、カミーユを抱きしめた。


「泣くな……!」


細い肩を、精一杯の想いで抱いた。

カミーユは驚いたのか、声も出さない。


やがて、張りつめていたものが切れたように、カミーユはレ=オンの肩口に顔を埋めた。

声を殺しながら、泣いている。


「泣くな……」


レ=オンは必死に、その想いを受け止めていた。


――


その日、王城に戻ってからも、カミーユのことが頭から離れなかった。


レ=オンはもちろん、女の涙を初めて見たわけではなかったし、それに弱いわけでもない。


――あんな風に泣くとは、思わなかった。

気の強いカミーユのこと、泣くときもさぞかし、派手に号泣するのだろうとレ=オンは思っていた。ヒステリックに喚き回って、醜態を晒すことだろうと。


だが今日、自分が目の当たりにしたのは、静かな涙だった。気丈に、哀しみに耐えているというよりも、無表情に近い泣き顔。

その姿がかえって、レ=オンの胸を打った。


「……レ=オン! 聞いているのか、レ=オン!」


ドルアーグの怒声に、レ=オンは我に返った。

大事な話があると、王の私室に呼ばれていたところだった。


「お前に与える領地の話をしているのだぞ。真面目に聞かぬか!」


「……はい、父上」


「よいか。お前もすでに、百年を生きた。成人(百五十歳)には間があるが、此度北部の……」


素直に答えておきながら、レ=オンはまだ、カミーユに心を占められていた。


自分の腕の中で、声を立てずに泣いていたカミーユ。抱きしめた体の震えが、痛いほどその悲しみを告げていた。


(もう大丈夫です。――申し訳ございません)


そう言いながら、帰り際にまだ赤く、潤んでいた瞳。


「レ=オン?」


レ=オンは立ち上がって、父に頭を下げた。


「少々、気分が悪しくございます。お話はまた」


「待て、レ=オン!」


父の声を顧みず、レ=オンは部屋を出た。


――クーガはもういない。

あの森を訪れる理由も、なくなってしまった。


廊下を歩きながら、レ=オンはクーガの姿と、カミーユの泣き顔を思い返していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ