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MASTERY - マスタリィ【第1部】  作者: 洲澄英里
Period 2 LOVERS - 第2章 知られざる日々
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6.会いたいものは

「レ=オン様、どちらにおいででございますか」


王宮をそっと忍び出ようと、辺りを憚りながら廊下を歩いていたレ=オンを、若い侍従が見咎めた。

年のころはレ=オンと同じだが、整っていても無表情なその顔立ちは、大人びて見える。


「……スエロ。見逃せ」


「行き先をお教え願えませんか。母も心配致しております」


スエロの母シェラは、レ=オンの乳母である。

つまりこの男は、レ=オンの乳兄弟ということになる。


「いつまでも子供扱いするな、と伝えておけ。何もかも、報告せねばならぬ年ではない」


「子供ではいらっしゃらないからこそ、ご心配申し上げているのです。

レ=オン様のお忍び歩きは以前からのことですが、近頃は、妙にご機嫌でいらっしゃいますし」


「――どういう意味だ」


遠回しな侍従の言い方に察しがつかず、レ=オンは眉根を寄せて尋ねた。


「お訪ねになる先には、女性がお待ちなのではありませんか?」


「な……!」


レ=オンは目を見開き、横を向いた。


「馬鹿なことを申すな!」


「違いますか」


スエロのほうは、至って冷静に応答する。


「私は、ドラゴンに会いに行っているだけだ!」


「……ドラゴン、でございますか?」


「偶然見つけた、サンダードラゴンの幼生にな!

上手く手なずけられたら、お前にもいずれ会わせてやる!」


吐き捨てるように言うと、レ=オンは手近な窓から翔び出した。


(何を邪推しているのだ! 誰があんな――)


カミーユの面影が、脳裏をよぎる。


(機嫌がよいのは、クーガに会うのが愉しいからだ。

そうとも、私は)


胸の鼓動が早まる。


(私は“ドラゴンに”会いに行くのだからな!)


得体の知れない想いが湧き起こるのを振り切るように、レ=オンは一層高く速く飛翔した。


――


森の、いつもの木陰に降り立つと、レ=オンは徒歩で「友」を探し回った。


「カミーユ! カ……」


つい「人」の名を呼んだことにはっとして、


「クーガ! クーガ、どこだ!!」


誤魔化すように、竜の名を大声で叫ぶ。

しかし、竜も人も現れない。


いつもならこの辺りで呼べば、すぐに飛んでくるのに。

今日に限って、気配すら感じられなかった。


「クーガ!?」


木立を抜けて、小川沿いに上流へ遡る。

やがて小さな湖の辺りに出ると、対岸に白いものが見えた。

レ=オンは一飛びに湖を越えて、その側に降り立った。見るとそれは、うたた寝をしているカミーユだった。


「おい、カミー……」


起こそうとして、不意に声が出なくなった。


顔だけを横に向け、腕を枕にして、うつ伏せに眠っている。その眠りを妨げてしまうことは、罪深いことのような気がした。


レ=オンは静かに、カミーユの横に座った。そのまま、所在なげに前を眺める。


風が優しく、湖に細波を立てていく。木漏れ日が水面を煌かせ、梢が揺らめく影を作る。

永い夏も盛りをすぎ、吹く風の涼しさは、時折秋の気配すら漂わせていた。


(クーガに、会いに来たのだ)


思いながら、レ=オンはただじっと湖を見つめている。


(なのに、なぜ探しに行かぬ。なぜこんなにも、安心するのだろう)


風に、カミーユの長い髪がふわりと舞い上がった。

髪の毛先が視界に入り、レ=オンはカミーユのほうに目をやる。


白魔族の、白い肌と白い髪。

白い衣を纏った華奢な肢体は、まるで異世界のもののように感じられた。


にわかに、レ=オンの鼓動が早まった。


(な……なんだ!?)


抑えようとしても叶わず、心臓の音が辺りに響いているのではないかと思えるほど、高鳴っている。

カミーユはよく眠っている。自分が傍らにいることに、まったく気づいていない。

その寝顔を見ていると、ますます動悸が激しくなる。


「……カ……」


堪りかねてレ=オンが声を出した瞬間、


「キキキイーーッ!!」


後ろから、甲高い声が叫んだ。心臓が止まりそうになってレ=オンが振り向くと、クーガが相変わらずの不器用さで、飛んできていた。


「――クーガ」


クーガは尻尾を振って、いつものようにじゃれついてくる。


「貴様という奴は……!」


レ=オンがクーガを両手で捕まえると、


「……レ=オン様?」


カミーユが目を覚まして、起き上がった。


「っ!」


「おいででしたの……?」


まだ半開きの目を擦りながら、気だるそうに声を出す。


「な……なぜ、こんなところで寝ていた!?」


レ=オンはどぎまぎして、思わず背中を向けた。


「昨夜遅くに来客がありまして、一晩中話し相手をさせられたのです。

クーガがなかなか見つからないので、ついうとうとと……」


クーガはレ=オンの腕を擦り抜けて、カミーユの胸元にじゃれた。


「クーガ、いたの?」


レ=オンがそっと振り返ると、無邪気な白い笑顔がそこにある。

何やら胸が痛んで、レ=オンは困惑した。


(なんなのだ、この罪悪感は……)


クーガを見ていたカミーユの表情が、何かに気づき、曇った。


「レ=オン様」


「な、なんだ」


レ=オンはまだ、平静になれない。


「ここを、ご覧ください」


カミーユはクーガの傷痕を指差した。

鱗が以前よりも広く、ぼろぼろに剥落している。


レ=オンもそれを注視した。

鱗が剥がれ、剥き出しの硬皮部分は乾いていて、皸割れが幾筋もできている。


「……どうしたことだ」


治癒(ケルラ)!」


カミーユが回復呪文を唱えてみても、少しも治らない。


「ギャ?」


クーガは不思議そうな顔をして、ぱっと飛び立った。


「この間も、変に思ったのです。以前にも増して、飛び方が危うく感じられて」


クーガは樹の枝別れした部分に止まって、小さな木の実を前足で玩んでいる。


「なんだか……元気のないようにも、見えません?」


カミーユはクーガを見上げて、不安げに立ち上がる。


――呼んですぐに現れないことなど、今までなかった。


レ=オンも急に、嫌な予感に捕らわれた。

が、それを口にするのは、憚られた。


「心配あるまい。成長過程における、変態の現れかもしれぬ」


立ち上がり、レ=オンは自らを納得させるように繰り返した。


「大丈夫だ……」

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