6.会いたいものは
「レ=オン様、どちらにおいででございますか」
王宮をそっと忍び出ようと、辺りを憚りながら廊下を歩いていたレ=オンを、若い侍従が見咎めた。
年のころはレ=オンと同じだが、整っていても無表情なその顔立ちは、大人びて見える。
「……スエロ。見逃せ」
「行き先をお教え願えませんか。母も心配致しております」
スエロの母シェラは、レ=オンの乳母である。
つまりこの男は、レ=オンの乳兄弟ということになる。
「いつまでも子供扱いするな、と伝えておけ。何もかも、報告せねばならぬ年ではない」
「子供ではいらっしゃらないからこそ、ご心配申し上げているのです。
レ=オン様のお忍び歩きは以前からのことですが、近頃は、妙にご機嫌でいらっしゃいますし」
「――どういう意味だ」
遠回しな侍従の言い方に察しがつかず、レ=オンは眉根を寄せて尋ねた。
「お訪ねになる先には、女性がお待ちなのではありませんか?」
「な……!」
レ=オンは目を見開き、横を向いた。
「馬鹿なことを申すな!」
「違いますか」
スエロのほうは、至って冷静に応答する。
「私は、ドラゴンに会いに行っているだけだ!」
「……ドラゴン、でございますか?」
「偶然見つけた、サンダードラゴンの幼生にな!
上手く手なずけられたら、お前にもいずれ会わせてやる!」
吐き捨てるように言うと、レ=オンは手近な窓から翔び出した。
(何を邪推しているのだ! 誰があんな――)
カミーユの面影が、脳裏をよぎる。
(機嫌がよいのは、クーガに会うのが愉しいからだ。
そうとも、私は)
胸の鼓動が早まる。
(私は“ドラゴンに”会いに行くのだからな!)
得体の知れない想いが湧き起こるのを振り切るように、レ=オンは一層高く速く飛翔した。
――
森の、いつもの木陰に降り立つと、レ=オンは徒歩で「友」を探し回った。
「カミーユ! カ……」
つい「人」の名を呼んだことにはっとして、
「クーガ! クーガ、どこだ!!」
誤魔化すように、竜の名を大声で叫ぶ。
しかし、竜も人も現れない。
いつもならこの辺りで呼べば、すぐに飛んでくるのに。
今日に限って、気配すら感じられなかった。
「クーガ!?」
木立を抜けて、小川沿いに上流へ遡る。
やがて小さな湖の辺りに出ると、対岸に白いものが見えた。
レ=オンは一飛びに湖を越えて、その側に降り立った。見るとそれは、うたた寝をしているカミーユだった。
「おい、カミー……」
起こそうとして、不意に声が出なくなった。
顔だけを横に向け、腕を枕にして、うつ伏せに眠っている。その眠りを妨げてしまうことは、罪深いことのような気がした。
レ=オンは静かに、カミーユの横に座った。そのまま、所在なげに前を眺める。
風が優しく、湖に細波を立てていく。木漏れ日が水面を煌かせ、梢が揺らめく影を作る。
永い夏も盛りをすぎ、吹く風の涼しさは、時折秋の気配すら漂わせていた。
(クーガに、会いに来たのだ)
思いながら、レ=オンはただじっと湖を見つめている。
(なのに、なぜ探しに行かぬ。なぜこんなにも、安心するのだろう)
風に、カミーユの長い髪がふわりと舞い上がった。
髪の毛先が視界に入り、レ=オンはカミーユのほうに目をやる。
白魔族の、白い肌と白い髪。
白い衣を纏った華奢な肢体は、まるで異世界のもののように感じられた。
にわかに、レ=オンの鼓動が早まった。
(な……なんだ!?)
抑えようとしても叶わず、心臓の音が辺りに響いているのではないかと思えるほど、高鳴っている。
カミーユはよく眠っている。自分が傍らにいることに、まったく気づいていない。
その寝顔を見ていると、ますます動悸が激しくなる。
「……カ……」
堪りかねてレ=オンが声を出した瞬間、
「キキキイーーッ!!」
後ろから、甲高い声が叫んだ。心臓が止まりそうになってレ=オンが振り向くと、クーガが相変わらずの不器用さで、飛んできていた。
「――クーガ」
クーガは尻尾を振って、いつものようにじゃれついてくる。
「貴様という奴は……!」
レ=オンがクーガを両手で捕まえると、
「……レ=オン様?」
カミーユが目を覚まして、起き上がった。
「っ!」
「おいででしたの……?」
まだ半開きの目を擦りながら、気だるそうに声を出す。
「な……なぜ、こんなところで寝ていた!?」
レ=オンはどぎまぎして、思わず背中を向けた。
「昨夜遅くに来客がありまして、一晩中話し相手をさせられたのです。
クーガがなかなか見つからないので、ついうとうとと……」
クーガはレ=オンの腕を擦り抜けて、カミーユの胸元にじゃれた。
「クーガ、いたの?」
レ=オンがそっと振り返ると、無邪気な白い笑顔がそこにある。
何やら胸が痛んで、レ=オンは困惑した。
(なんなのだ、この罪悪感は……)
クーガを見ていたカミーユの表情が、何かに気づき、曇った。
「レ=オン様」
「な、なんだ」
レ=オンはまだ、平静になれない。
「ここを、ご覧ください」
カミーユはクーガの傷痕を指差した。
鱗が以前よりも広く、ぼろぼろに剥落している。
レ=オンもそれを注視した。
鱗が剥がれ、剥き出しの硬皮部分は乾いていて、皸割れが幾筋もできている。
「……どうしたことだ」
「治癒!」
カミーユが回復呪文を唱えてみても、少しも治らない。
「ギャ?」
クーガは不思議そうな顔をして、ぱっと飛び立った。
「この間も、変に思ったのです。以前にも増して、飛び方が危うく感じられて」
クーガは樹の枝別れした部分に止まって、小さな木の実を前足で玩んでいる。
「なんだか……元気のないようにも、見えません?」
カミーユはクーガを見上げて、不安げに立ち上がる。
――呼んですぐに現れないことなど、今までなかった。
レ=オンも急に、嫌な予感に捕らわれた。
が、それを口にするのは、憚られた。
「心配あるまい。成長過程における、変態の現れかもしれぬ」
立ち上がり、レ=オンは自らを納得させるように繰り返した。
「大丈夫だ……」




