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MASTERY - マスタリィ【第1部】  作者: 洲澄英里
Period 1 MASTERLESS - 第1章 神の眷族
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3.拒まれる者

「不満そうだな、ジーク」


物問いたげな表情で黙っている側近に、イレーヌのほうから口を開いた。

人間の男は鎖すら繋がれず、ほかの幕舎内に移されている。もっとも、抵抗の気配はなかったが。


「何も裏などないぞ。ダイスはいつの日か、必ず報復を受けるであろう」


杯を空けながら語る主人の言葉を、ジークは俯いたまま聞いていた。


「なぜ、と問わぬのか?」


ちら、と視線を投げる。こうした思わせぶりな態度は、いつものことだ。


ジークはずっと考えていた。

自分はイレーヌが第四軍の将軍位に就いたころから、十年あまり仕えてきた。

気まぐれでわがままな、妖精特有の気性もよく知っている。そして彼女が、魔天王を心底愛していることも。

裏切るはずがないことも……。


「私の心は、以前から知っておろう? あの男に、どれほどの嫌悪を感じていたか」


そうなのだ。


ダイス・グウィド将軍。

平民ながら、その剣才を王に認められ将軍位を授けられた。それより二十年の間、元帥のラルフ・ユージィン・ヴォルグナー公爵、そして魔天王の養女ヴェナ・ヴィ・ラング将軍とともに、魔天軍を支えてきた男である。


魔天王ガルシアの幼なじみであり「魔天公爵」の身分を持つラルフは、当初将軍として第一軍を率いていた。

だが将軍が増えたころから元帥となり、もっぱら征服地において軍の統率と民の統治を行っている。


第一軍は少数精鋭の軍に再編成され、彼らはラルフの命を受けて各地を治める軍事行動を取るか、第二軍以降の支援活動をする。

王女であるヴェナも、最前線より追撃や征服の仕上げとなる動きが多い。


ゆえに十年前、イレーヌが第四軍の将軍となるまで、実質的に戦場の総大将であったのはダイスだった。


しかし、あの男は――。


「確かに、剣士としてはその才を認めよう。

しかし、あの者の働きは陛下の理想を助くるためのものではない」


イレーヌは二杯目の杯を飲み干し、酒瓶の置かれた台座にもたれて軽く息を吐いた。


「あの者の欲するところは、己自身の権力と――この、私だ」


ジークは顔を上げ、主人を見た。


「ダイスは謀叛を企んでいる。己が欲望を満たすためにな」


目を見開くジークに、イレーヌは淡々と続ける。


「わかるか、ジーク。あの痴れ者は、たかがフェアリア一人を手中にするため、主を弑逆するつもりでいるのだ。

あろうことか、その力が己にあると過信している」


侮蔑を含んだ口調でそう言いながら、イレーヌは三杯目を手に取った。


「あの無骨者は、私が陛下の何に惹かれているのか、まるでわかっておらぬのだ」


黙ったまま咎めるようなジークの視線に、イレーヌは口を付けずに、杯を台に置いた。


「酔ってはおらぬぞ。……人間は、他種族に比べ力も魔力も寿命すら劣る者だ。

しかし、この地上に最も多く存在する。そのわけは、病に対する肉体の強靱さのみではない。

何よりも、己を支える野心があればこそだ」


魔天軍が魔天王ガルシアの下、大侵攻を開始してから、五十年近くが経過した。

その間、魔族にエルフ、巨人に小人、果ては妖精に至るまでが、その力の前に屈し、制圧されてきた。

現在では全土の四分の三ほどが、魔天軍の配下にある。


だが人間だけは頑強に抵抗を続け、今なお最大の敵軍として、存在している。

個々の兵士としても、魔天軍に人間はほとんどいない。


「劣っていながら、明らかに種の上限を超えた者が、必ず少数出現する。それが人間の強さなのだ。

……あの者の眼を見たか、ジーク」


言われて、ジークは先刻見た人間の目を思い出した。

漆黒の闇色をしていた。喰らいつくような眼で、気圧されながらもジークを睨んで。


「ラシードも、あるいは人間を超える者やもしれぬ。試してみる価値はある」


「ですが、何も敵兵を助けてまで」


「ようやく答えたな」


一瞬怯んだ側近に、イレーヌはふっと笑った。


「臣下の離反など、主人の恥となる。名誉の戦死とあらば、将軍の名にも傷はつくまい?

だから……な、ジーク」


近づき、背の高い部下を見上げながら、イレーヌは囁いた。


「メッサーには、気取られぬようにしておけ」


「は……?」


少し退こうとするジークの首に手を回し、優しく髪を撫でる。


「あれも側近としては有能だが、エルフにしては他種族に打ち解けぬ。

ことに人間に対しては、敵愾心が強い」


「イレーヌ様……」


困惑するジークの様子など意に介さず、イレーヌはさらに顔を近づけた。


「ラシードは必ず承諾する。剣技はそなたが見てやれ。魔術は追々、私が見る」


「イレーヌ様が!?」


「そう……よいな、ジーク」


返事をするより先に、唇が触れていた。

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