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MASTERY - マスタリィ【第1部】  作者: 洲澄英里
Period 1 MASTERLESS - 第1章 神の眷族
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32.王の決断

第四軍の陣営では、幕舎内の寝台でイレーヌを休ませていた。

ジークはその前に立ち、主人を守れなかったことを恥じていた。同時に、ただ疲れただけに見えるイレーヌの様子に、安堵もしていた。


詳しい話は、まだ聞いていない。主人が回復してからでいいと――そう思った時。

巨大な魔力を隠しもせず、ガルシアが目前に現れた。


「――陛下!」


ジークが真っ先に跪き、周囲の兵も倉皇として膝を折った。

ガルシアは無言で、幕舎に入る。


「イレーヌ」


「! 陛……」


「無理に話すな」


寝台に横になっていたイレーヌが体を起こそうとするのを支え、ガルシアは優しく囁いた。


「休養が必要であろう。王宮へ連れ帰るぞ」


イレーヌは柳眉を寄せ、何か言いたげに口を開いたが、黙って頷いた。

自分が役目を果たせなかったせいで、王宮に戻されると誤解したかもしれない。


「もうよかろう。お前は、我が手のうちにて守る」


「それ、は……」


ガルシアは戸惑うイレーヌを抱き上げ、幕舎を出た。ジークを筆頭に、兵は跪いた体勢のままだ。


「ジーク・リフ・アラート」


「はっ」


「今ここでイレーヌを将軍の任から解き、そなたに将軍代理を命ずる。今後の進軍については、しばし待て」


ガルシアの宣告に、ジークがピクリと動いた。ほかの者もほとんど体は動かさなかったが、兵全体に動揺が走った。


「陛下……」


イレーヌが哀し気に、ガルシアを見上げる。


「お前はこれまで、よくやった。此度も、十分な働きを見せた。

この先は、私に守られよ」


ガルシアが微笑んでみせると、失望させたのではないと通じたのか、イレーヌの顔が和らいだ。


「よいな、ジーク」


「――御意」


ジークは頭を下げたまま、答えた。

別れの言葉もなく、イレーヌはガルシアとともに、転位で消えた。


――


やがて、人間の軍に噂が走った。

ルーンは崩壊し、セイントサイドは魔天軍の監視下に置かれた。予言された「神の復活」に必要な「鍵」は、魔天王に奪われた――。


噂の出どころは、セイントサイドの声明だという話も流れた。セイントサイドが魔天軍に占領されたのは、人間の軍が確認した事実だった。


それでは疑う余地がない、そう考える者が多かった人間の国々には、瞬く間に情報が広まった。

誰にも手出しはできない。魔天軍を止め、人間を救うと思われた予言はならないのだ、と。


この顛末は魔天軍の意気をますます上げ、抗う人間たちにとっては、敗北を確定的な未来と思わせるものだった。


イレーヌは王宮の奥の宮の一室で休養しており、侍女を介して外の有様を聞いた。


ガルシアには、「お前の戦功は認めるが、“遊戯”はこれにて(しま)いだ。もう戦わずともよい」と言われた。


遊戯。ガルシアは庇護する者を、望む通りにさせてくれたのみ。

イレーヌの戦力は、侵攻に必須のものではない。


「何者か」に奪われる懸念があるぐらいなら、王宮内の檻に囲う。

そう判断されたのだ。


ジークにも、ラシードにも何も言えずに軍を離れた。

部下たちにも罪悪感が微かにあるものの、イレーヌの心を占めるのは、「自分を救ってくれた当人」のこと。


「……ラルフ様」


誰にも聞かれない場所でだけ、イレーヌは彼の名を呼ぶ。


ラルフに触れられたのは初めてだった。腕に抱かれた――が、彼はイレーヌを助ける以外、何も言わなかった。

いつもの、無表情も変わらずに。


寝台から起き上がり、イレーヌはゆっくりと立ち上がった。着ている服は、体を包む一枚の薄衣のみ。

裸足で窓際に近づくと、陽が暮れようとするころだった。


王宮で、守られる。ガルシアの、側で。


現れたのはラルフだったが、ガルシアの命令に応じたのだろう。ガルシア自身が動けるなら、彼が来たはずだ。

王命がなければ、ラルフが単独で自分のために動くことは、ありえないのだから。


陽が沈み、空から暗い帳が降りてくる。闇夜が、やってくる。

闇色に包まれる――それが、今の自分の居場所なのだ。


安堵していい。

ただ、囚われていればいい。


「陛下」


呟いた。……表のほうから、何かがイレーヌに「応えた」。

ガルシアに、声が届いたのだ。やがてここに、現れるだろう。


「お待ちしております」


愛する人の側にいられる。呼べばすぐ会える。

そうなったことを間違いなく喜びと感じながら、心にはわずかな、決して消せない白い影が残る。


自分を抱いた腕。

いつもとは違う男の、体温の記憶。


イレーヌが物思う間に、窓外を闇が包んでいた。


(第1章完)

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


本作では「章」を物語の区切りではなく、

登場人物たちが生きた「時代(Period)」として区分しています。


2章より、過去編が始まります。

時系列では5章まで過去編が進み、5章の続きが1章となります。


この先もよろしくお願いいたします。


なお、Xで作者によるキャラクターデザインを公開しています。

現在はヘッダーにガルシア・ラルフ・イレーヌを出していますが、少しずつラフ画をポスト予定です。

作者が考えているキャラクターの見た目に興味のある方はどうぞ。

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