31.復活の真実
島を覆っていた暗雲が緩やかに晴れてゆき、陽の光が差し込み周囲を照らし出す。
下の地割れも徐々に鎮まり、島の半分ほどが沈んで止まった。波のうねりも、次第に収まっていく。
鞘ごと光るラルフの刀の輝きが消え、大気に満ちていた魔力の渦も薄らぐ。
ラルフは残っている島の、樹々が倒れて広がっている場所に降り立った。
「う……」
イレーヌは苦し気に呻いた。
ラルフはまだ、イレーヌを腕に抱いていた。
「無事か」
「はい……申し訳、ございません」
謝ることなどない。利用されただけなのだ。
「あの、少年が……賢者の最長老、でございました。
禁呪の、転生で……」
(苦しければ、心で話せ)
ラルフがイレーヌを見つめて呼びかけたのは、言葉ではなく心の声だ。
喘ぎながら話していたイレーヌは、どうにか頷いた。
(禁呪の転生を使い、若い肉体を取り戻したようです。ほかの賢者は、すでに死者であったかと)
(理解した。あれは、ただの狂信者だ)
(――そう、思われます。さきほどのドラゴンに、わたくしの魔力が流れ込んでいる感覚がございました。
わたくしを媒介に、ディヴァイン・ドラゴンを復活させる企みだったようです)
神が顕現したのではない。
まして復活など、最初から起きていなかった。
人間の噂――「ディヴァイン・ドラゴンの復活」は、イレーヌをおびき寄せるためのもの。
おそらくは賢者たちの予言として、セイントサイドから流されたのだ。
予言だとディヴァイン・ドラゴンの名を出せば、人間は信じる。ガルシアとて、真偽を確認せねばならなかったのだから。
そして、相手が「神」の名を騙る以上、調べられるのはガルシアかラルフか、イレーヌだ。
ガルシアもラルフも、安易には動かない。動いたところで、他者に魔力を利用される弱者ではない。
イレーヌが狙われたのは、そのためだ。
だが、妄信者が操れるものなど知れている。
イレーヌは、「ディヴァイン・ドラゴンを復活させる企み」と言った。
正確には、神を模した偽物が、イレーヌと最長老の思考から作り上げられただけだった。
真実「神」であったなら、いかにラルフがイレーヌと同調したとはいえ、呆気なく滅ぼせはしない。
ルーンに魔力が蓄蔵されていたのは、事実だ。
最長老の賢者は、禁呪の「転生」を利用していた。賢者には世界に知られぬ禁呪が伝えられ、その力で寿命を永らえ、ルーンに魔力を蓄えていたのだろう。
その力をイレーヌの魔力で解放して制御し、あのドラゴンの幻影が生じた……
そんなところだ。
神など、この世界には存在しないのだから。
ラルフが考えていると、ふと、大気の流れが変わった。見上げた空から、飛竜が降りてくる。
その背にいるジークは、ラルフとイレーヌの姿を見つけて、驚いたようだった。
ふわりと、飛竜がラルフの前に降りて頭を垂れる。
ジークも飛び降り、跪いた。
「公爵閣下。お力になれず、申し開きのしようもございません」
片が付いたことは察したらしい。ジークがいたところで戦力になったかは怪しいが、イレーヌの側近としては正しい振る舞いだ。
「立て」
ラルフが命じると、一度頭を下げてから立ち上がった。
その目は、ラルフの腕の中の主人を見ようとして――すぐ、ラルフに目線を合わせた。
「イレーヌを連れて、陣営に戻れ」
ラルフが少し腕を前に動かすと、イレーヌがラルフのほうを見た。視界の端でそれに気づきながら、ラルフはただ、ジークを見ていた。
「は……失礼致します、イレーヌ様」
ジークは躊躇いつつ、イレーヌをラルフの腕から受け取り、ほんのわずかに眉をひそめた。
「案ずる、な……」
イレーヌはジークに力なく声をかけ、再びラルフに顔を向ける。
「私は王宮へ報告に行く。陣営にて、王の沙汰を待て」
「御意」
ジークの答えが終わる前に、ラルフは風を纏い、姿を消した。
――
ルーンが崩壊したため、島を覆っていた結界が消滅していた。
転位が使えるようになったと気づいたラルフは、直接ガルシアの目の前に現れた。
執務室の椅子に座していたガルシアは、ラルフに同調していたからか、驚きも見せずに呟いた。
「大儀」
落ち着いた口調で短い労いだけを口にしたのは、イレーヌの無事も悟っていたのだろう。
「敵は倒した。神などではない、人間の騙りだ。
イレーヌの魔力を狙うルーンの者どもに、人間が踊らされた噂にすぎぬ」
「ルーンは?」
「崩壊した。賢者もすべて死した。
神の復活など、やはりありえぬ」
「そうか」
ふっと、ガルシアが小さく息を吐いた。
「イレーヌは陣営に帰し、ジークに守らせている」
「わかった。お前も戻れ」
「承知」
ラルフは再び、転位で消えた。
「――行くか」
ガルシアは独り言ちて、立ち上がった。




