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MASTERY - マスタリィ【第1部】  作者: 洲澄英里
Period 1 MASTERLESS - 第1章 神の眷族
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29.神の復活

行けども行けども、霧しか見えない。

薄暗く足元も覚束ないほどの白い空間の中、同じところをぐるぐると回っている気さえする。


慎重に歩を進めつつ、イレーヌは考えていた。


ハートミィの言葉が真実なら、ここにはディヴァイン・ドラゴンの封印がある。

しかも、わざと自分を招き入れたごとく語った。


……なんのためなのか。敵将を禁足地に踏み込ませて、俘虜にでもしようというのか?

いや、相手が「神」ならば、そんな必要はない。それともやはり、「復活」などありえないのか。

「賢者」とは一体、何者なのか……


――後ろにまた、何かの気配を感じた。

イレーヌは立ち止まり、魔力を呼応させてみた。

まだ、「気」は集まる。……魔術が、使える。


光弾レ・ブン!」


振り返ると同時に右手から呪文を放ち、イレーヌは横へ跳んだ。

放たれた光の矢は一瞬にして消え去り、辺りの霧がさっと薄らいで、その先に道が現れた。


道の向こうに、岩壁に穿たれた洞窟の入り口が見えている。イレーヌはゆっくりと歩み寄り、中の様子を窺ってみた。


ぽっかりと空いた入り口は、巨人も楽に入れそうな大きさだ。しんと静まった奥は闇に溶けて見えず、随分と深そうである。

振り返って見ると、後方は一寸先も見えない濃霧が広がり、今来た道もわからなくなっていた。


「来い、というのか」


イレーヌは自嘲気味に笑った。


「神の招きとあらば、応じぬわけにはいかぬな」


妖精の姿は、洞窟の中に消えた。



いざ入ってみると、洞窟内は灯りもないのに、ほんのりと明るかった。岩肌が鈍く光り、岩が灯りを秘めているようである。

イレーヌは気を張りつめ、奥へと進んだ。生命を感じるものは、何もない。

しばらく歩くと、行き止まりになった。


幻覚(まやかし)か」


生き物の気配はなくても、大気中には魔術を使うに十分な、「気」が満ちていた。

金の髪がざわめき、紅い瞳が光る。


「地の姿 気の姿 遠きを近く生ける屍 幻に地精の呼ぶ――消破!」


呪文を詠唱すると、イレーヌの前の壁がすっと消えた。

向こうには、暗闇が広がっている。


ここでも、魔術が変わらず行使できる。

「魔力も普通には発動しない」というハートミィの言葉が、ただの脅かしとは思えなかったが。


イレーヌが訝しみながらその中に足を踏み入れると、闇の中に三つ四つ、青白い炎が灯った。

宙に浮かぶその炎を背に、ローブを纏った老人の姿が、次々に浮かび上がる。


「――ルーンの賢者!?」


叫びながら、イレーヌは冷静に、老人たちの気配を探った。


これも幻像……いや、遠視(とおみ)だ。

実際にはここにいない、遠方の様子が、空中に映し出されている。


「おいでなされた……」


「聖なる地に……」


「遂に……」


「『女王』が!」


老いた声が、幻聴のように遠く響いている。


「来たり……」


「時は来たり……」


「神のお力……」


「目覚めるとき……!!」


その声を聞くうち、イレーヌの背中に悪寒が走った。

体中に得体の知れないものが纏いつく、不快感がある。


四人。……四人、だけ。

伝説によれば、賢者は五人いるはずだ。

――ならば。


「いでませ……」


「いでませ我が神……」


「その御身おんみに……」


永久とわの祝福を――」


四人の後ろに、人影が立った。

遠視ではなく、間違いなく目の前にいる。

その姿を認めて、イレーヌは眉を寄せた。


「ハートミィ……」


イレーヌの呼び声に、少年は薄く笑った。


少年の姿をしていても、わかる。さっきは感じられなかった、老成した魔力を持っている。

この相手は、自分よりも長い時を生きている。イレーヌは確信した。


「やはりな。

貴様が、五人目の賢者――最長老、か」


イレーヌの言葉に答えず、ハートミィは笑みを浮かべている。


「待ちかねたぞ、この刻を」


ハートミィは一歩一歩踏みしめるように、イレーヌに近づいてきた。


「我が手で“神を降ろしうる”、その器となる『女王』の存在を知った時から、今日まで――

古びた肉体を捨てるため、『禁呪』の『転生トラスマグラ』を復活させて……」


転生。

やはり、年齢通りではない。これは、賢者の生まれ変わった姿だ。


イレーヌは状況を理解して後ずさり、呪文の詠誦を始めた。


「我が前に光は満ちぬ 闇は還らん」


ハートミィは手を差しのべ、呟いた。


「世界はすべて、平伏すのだ」


「我が身昇華し 炎となれ!」


イレーヌの身体が、光り輝く。


光身召喚レ・サモライ!」


白い炎に包まれたイレーヌが、ハートミィ目がけて跳んだ、その瞬間。


「神よ、我に来たれ!!」


ハートミィの声とともに、足元から光が吹き上げ、ドラゴンの形となって少年を呑み込んだ。


「なっ!?」


イレーヌは驚愕し、一瞬で目の前が白くなる。


(『神』とはまさか、ディヴァイン・ドラ……)


意識がそのまま、白く溶けていった。


――


王宮で、ガルシアのピアスが光を放ったその時、遠く離れた陣営で、ラルフも異変を感じ取った。


(イレーヌ!?)


(気配が消えた!)


――


セイントサイドの里では、広場に座していたサンダードラゴンが、頭を上げた。


「……雷皇?」


傍らに立っていたジークが、声を掛ける。


「いかがなされた」


ドラゴンは険しい目で、南方の空を睨んだ。イレーヌを乗せた、飛竜の飛び去った方角である。


雷皇が一声嘶くと、その木霊の消えぬうちに、空の彼方から飛竜が現れた。飛竜は雷皇とジークの前に降り立ち、イレーヌを乗せたときのように、すっと頭を下げた。

サンダードラゴンはジークに向き直り、視線を向けた。


「……まさか、イレーヌ様に何か……!?」


ジークが察して言葉に出すと、ドラゴンは顎で飛竜を指した。


何か、あった。

ジークは飛竜の背に飛び乗ると、サンダードラゴンを振り返った。


「里の見張りは、お願いする!」


ジークが叫ぶと、飛竜は翼を広げて飛び上がり、セイントサイドをあとにした。


――


「公爵閣下? どうかなさったのですか?」


その陣営を任されていた黒魔族の騎士隊長は、いきなり押し黙ったラルフに、恐る恐る声を掛けた。

幕舎のうちで、地図を前に、進軍の報告をしていたのである。


「わたくしに何か、落ち度でも?」


ラルフは物も言わず、外へ出ていく。


「閣下!?」


慌てる騎士隊長を顧みることなく、立ち止まって空を見上げた。

幕舎の前で待っていた白魔族の側近が、驚いて主人を見る。


「もうお済みになられたのですか? ……ラルフ様?」


ラルフは黙して、空を睨んだ。


(どこだ!?)


風が長いマントをはためかせ、頬を撫でる。


(見当たらぬ……どこだ、イレーヌ!)


(ラルフ!!)


ラルフの頭の中に突然、王の声が響いてきた。


(ガルシア!?)


(ルーンに向かえ! イレーヌの身に、何事か起こった!!)


(ルーンだと!?)


(外海の遥か南、結界のために転位できぬ孤島だ。飛翔ならば、王宮よりもその地が近い。

お前に任せる!)


その言葉と同時に、ルーンの位置とその周囲の様子とが、ラルフの意識の中に流れ込んできた。


(――承知!)


ラルフの周囲を、風が吹き上げ始めた。


「剣を!」


言うが早いか、ラルフは側近の手から、自分の刀をひったくった。


「ラルフ様!?」


「王命だ! ジェリド、あとは任せる!」


その言葉が終わらぬうちに、ラルフの姿は光となって空に消えた。

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