26.要求と受容
里の広場に集められた人々は、言葉もなく立ち尽くしていた。自分たちの守り神であったはずのドラゴンの来襲と、白い聖騎士の冷徹な視線と――何よりも初めて目にした、フェアリアの姿に。
「そう怯えるな。そなたらの命を奪いに来たわけではない」
イレーヌは優しく言った。
「ただ、少々聞きたいことがあるだけだ。
ルーンの――『賢者』たちの居所を、教えてくれさえすればよい」
里の人間は圧倒され、誰一人声も出ない。
イレーヌは人間たちを見渡した。隠れ里とはいえ、質素な衣服は共通するものの、老若男女がとりどりに揃っている。
ふと、その中の戦装束の男に目が止まった。
「そなた、ここの将か?」
兵士を取りまとめていた、激しやすい男である。
イレーヌが近づくと、男は数歩下がった。
「ディヴァイン・ドラゴンの復活が真実ならば、その伝説の護り主たる『ルーンの賢者』は、予兆を感知していよう。それを確かめたいのだ」
「い……いや、しかし」
兵士を怒鳴りちらしていた男も、イレーヌの前に、威勢を保つこともできない。
敵に対する恐れというよりは、その美貌に驚愕し、怯んでいる状態だった。
「素直に答えるが身のためだ。――二度と、話せなくなるぞ」
魔女の瞳が、冷たく光る。
男は恐怖を感じて、体を硬直させた。
「ち、違う! お……俺は、里の者ではないのだ!
王の……リュ・ジオス王国の、国王の命令でここに!」
「何?」
「噂の、真相を知るために遣わされて……そ、その復活の、噂だ。
た、たまたま侵入者があるというので、その、行きがかり上、応戦……い、いや、防衛に回っただけで」
しどろもどろに男が説明すると、イレーヌは腕を組んだ。
「人間の王も、真実は知らぬわけか。――そなた、よく里に入れたな?」
イレーヌが問うと、男は必死になって答えた。
「それは、王は……王が、里への道を示してくれたからで」
「『道』があるのか?」
「も、もちろん」
「……ほう」
イレーヌはドラゴンを振り返った。
「なるほど、私は運がよいわけだ」
また人間たちに向き直って、微笑んだ。
「王がこの里への道を知るのなら、この里の者はルーンへの道筋を知っているな? 誰ぞ、それを」
「……私が!」
人々の後ろから、幼さの残る声がした。
「私が、ご案内致します」
イレーヌの前に出てきたのは、利発そうな顔立ちをした十三・四歳の少年だった。枯れ草色の髪に、同じ色の瞳はあどけないながらも、妙に落ち着きを感じさせる。
「そなたは?」
「ハートミィ・ナダと申します。賢者様に、最近までお仕えしておりました」
――
王宮に報告をしたのは、ジークだった。
「セイントサイドはもはや落ちた――というわけだな」
「御意」
「ふむ……」
玉座のガルシアは相変わらずの、何を考えているのかわからない目で、宙を見た。ジークは常よりも顔と体を強張らせ、その前に俯き跪いている。
「よかろう。言われた通り、イレーヌ一人でルーンに赴かせるがいい。
いかに人間の力を越えた『賢者』どもといえど、あれに容易く仇なせることもあるまい」
何かあったとしても、万一の時には居所もわかる。口にはしなかったが、ガルシアはそう思っていた。
イレーヌには、そのための「目印」をすでに与えてあった。
彼女の首に嵌められたチョーカーである。
チョーカーはガルシアのピアスと魔力で繋がっており、彼女の無事と位置とを常に伝える物だった。
「では、そのようにお伝え致します」
ジークは顔を上げずに答えた。
「セイントサイドには援軍を向かわせる。それまでは、ドラゴンと親交を深めておくことだ。……イレーヌにも、その旨伝えよ」
「御意」
ジークが立ち上がり、礼をして退出しようとした時だった。
「ジーク・リフ・アラート」
王が呼び止めた。
「いかなるときも、イレーヌの命じるところに従え。己が身の選ばれたことを忘れるな」
瞬間、ジークの体が凍りついた。王はただ、微笑んでいる。
「行け」
「……失礼致します」
広間を出て仄暗い廊下を歩きながら、ジークの心には嵐が吹き荒れていた。




