24.神に通じるもの
「――では遂に、魔天王の耳に入ったのか」
冥く静かな闇の中、老いた声が反響していく。
どことも知れぬ、陽の当たらぬ洞窟内である。
「そうだ。今では魔天軍の者ども、一人として知らぬ者はおるまい」
「となれば……」
「“あの方”の耳にも、届いたであろう」
四つの人影が、宙に浮かぶ青白い水晶球を取り囲み、立っている。
水晶の光でわずかに判別できるのは、白いローブと口元の深く刻まれた皺のみ。
小柄な感のある彼らの、それ以上の姿は闇に溶け込み、種族や性別さえわからない。
「最長老の予見なされたところによると、王め、我らを探索せんがため、セイントサイドを奇襲する心算とか」
「……ほう?」
「何者を遣う気だ?」
「セイントサイドの結界を破りえる者となると」
「王自ら動くわけはなし」
「その腹心も、気配がない」
「すると残るは……」
四人の老いた口元が、歪んで笑う。
「……なるほど、なるほど」
「我らには、願ってもない好機」
「心せよ、同胞よ」
「時は近い――我らが神の、ご降臨なるぞ」
「ご降臨なる……!」
――
「敵襲! 敵襲ーっ!!」
悲鳴にも似た叫びが、森の穏やかな静寂を破った。
「こんなところに、魔天軍が!?」
慌てふためく人間の小隊の前に、二つの人影が現れた。
「な、何者……!」
隊列を乱して混乱する兵の中で、隊長らしき男が身構える。
「……ぐっ!?」
が、一つの影がその腹を両断し、兵の間を駆け抜けた。
すると一瞬にして、十名ばかりの兵士が地に斃れた。
「た、退却! 皆、退けーっ!!」
叫びながら走り出す兵の上を、もう一つの影が跳んだ。
「は……」
それを見上げた人間の首が、次の瞬間には宙に飛んでいた。
四半刻後には、呻き声を上げる者も、一人としてなかった。
その中で息も乱さず、剣を鞘に収めた人影は、ジークだった。
ジークは後ろに立つもう一人の剣士に、指示を促す視線を向けた。
その剣士は全身を覆う銀色の鎧に、細身の剣を帯刀していた。額から鼻先までは蒼みがかった白い仮面が顔を隠し、長い金髪を後ろで編んで束ねている。
剣士は顎をしゃくって行き先を示すと、鎧から垂れた白いマントを翻し、足早に歩き出した。
ジークは軽く頭を下げて頷き、そのあとについていく。
森は再び元の静寂を取り戻し、烏の声だけが微かに聞こえた。
やがて樹々の間から西日が差し込むと、動かない兵士たちの背中を柔らかに照らし出し、辺りを薄暮の中に包み込もうとしていた。
――
魔天王国から西の大陸には、領土の半分近くが魔天軍に侵攻を許している人間国家、セントハイム王国がある。
さらに西の端には、昼なお暗い鬱蒼とした森が繁っている。深すぎるがゆえに人を寄せつけない、闇の森の奥、霧に包まれた山間に、小さな里があった。
セイントサイド――神の伝説への架け橋となる、この世で唯一争いを知らぬ人間たちの、聖なる隠れ里である。
そこに棲む百人足らずの人間は、別段「普通の人々」と変わりない。日々の祈りを欠かすことなく、ひっそりと暮らす彼ら自身が、聖人と呼ばれる術者や、信者であるわけではない。
ただ、彼らは「神に仕える者」に通ずる、唯一の接点なのだ。
神に最も近い、「賢者」たちへの。
ゆえに今この里は、未だかつてない脅威に晒されていた。
丸太造りの家が立ち並ぶ中、西の外れに一際大きな家が建っていた。集っているのは青年から老年までの、様々な人々である。彼らは皆一様に不安げな表情で、一人の兵士の報告を聞いていた。
「たった二人の剣士だと!? それを止めることもできないのか!」
険しい顔立ちの、戦装束を身に着けた壮年の男が、激昂して叫んだ。
「は……はい。この森に到達するのも、時間の問題かと」
その前に立つ若い兵士は、疲労を顔に色濃く示して答える。
「一体どれほどの軍勢かと思えば……
どんな奴らだ!」
「それが、一人は白魔族の……報告された容貌から推察しますと、どうやらあの、ジーク・リフ・アラートという、聖騎士ではないかと……」
「ジーク・リフ・アラート!?」
周りの人々がざわめいた。
「あの、第四軍の……妖精の、側近の?」
「剣技は、ほかの軍の将軍にも匹敵する腕前とか」
「将軍一人の力は、千の兵力をも凌ぐというぞ。では、奴も」
「――もう一人は!?」
周囲の言葉に苛立ちつつ、男が怒鳴った。
「それが、何者かは不明で。
小柄な、エストック風の細い長剣を振るう剣士なのですが、仮面を着けていて」
「仮面?」
「はい。尋常ならざる身のこなしで、その、ジークにも劣らぬようであるとか」
「……なんと!」
人々が、また一層ざわめく。
「例の、最近第四軍に現れた、仮面の剣士か?」
「それはわかりませんが、とにかく、かなりの強者であることは確かです」
「……噂の剣士ならば、命を奪うことはないと聞いたが」
「別人ではないのか? これまでのところ、ここに向かっている剣士の振る舞いは……」
口々に言い合う人々に、男は堪りかねて叫んだ。
「もういい!
誰であろうと、この里に入れなければよいのだ!」
男は兵士を押しのけ、足早に部屋を出ていった。
中ではまだ皆ひそひそと話し合い、兵士は蒼い顔で俯いたままである。
「まだ結界が破られたわけではない、絶望するには早すぎる」
そのうちに一人が不安を押し殺して呟くと、声を大きくして同調する人々があった。
「――そうとも!
万一森に踏み込まれても、『主』が行く手を阻んでくれるはずだ」
「闇の森の『主』か!」
怯えていた人々は、希望を見出したように頷き合った。




