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MASTERY - マスタリィ【第1部】  作者: 洲澄英里
Period 1 MASTERLESS - 第1章 神の眷族
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22.選択した道

魔天軍の侵攻が、再び始まった。


魔天軍の将軍の一人が戦死したという情報は、人間軍には意気の上がる吉報だったものの、新たな第三軍の進撃はその勢いを消し、ありあまる激しさだった。


人間の士気が今一つ奮わなかったのは、将軍を実際に倒した者がわからなかったためでもある。

人間の軍幹部では訝しんだが、いくら呼びかけても名乗り出る者は誰も未熟で、将軍の暗殺などが成し遂げられる者とは到底思われず、真の「英雄」は謎のままであった。


その一方で、魔天軍にはまた一人、強力な剣士が現れていた。



「ぷはっ!」


ラシードは仮面を脱ぎ捨て、腕で額の汗を拭いながら、大きく息を吐いた。


「ったく、鬱陶しいったらありゃしねえ」


「……ならば、被らなければよかろう」


棘のあるジークの言葉に、ラシードはむっとした。


「見たところ、斬ってはいても一人も致命傷を与えておるまい。人間であるがゆえの、こだわりか」


ジークは冷たい視線で、畳みかける。


「未練があるなら、国に戻れってのか」


ラシードもきつく睨み返した。仮面を拾い上げるとジークのほうに突き出し、敵意を込めて笑った。


「あいにく、“これ”は命令なんでな。一応気は遣ってくれるらしい。

それとも、“だから”気に入らねえのか?」


その光沢のある白い仮面は、イレーヌに与えられた魔道具である。目の辺りに細い窓があるほかは窪みもない丸い面で、呼吸も呪文の詠誦も可能である。


黒髪に琥珀色の肌を持ち、人間にしては長身のラシードは、黒魔族とほとんど変わらない。顔さえ見られなければ問題なかったが、仮面には個人の認識を阻害する、幻惑魔法もかけてある。

ラシードの正体が人間軍にわからぬよう作られた仮面は、確かに、イレーヌの気遣いによる品だった。


「不機嫌なツラしてねえで、イレーヌに直訴してみたらどうだ。俺の面倒を見るのはごめんだってな」


「こちらもあいにく、命令だ」


「なら……」


無表情のジークにラシードがまた反論しようとした時、遠くからほかの声が遮った。


「ジーク殿、ちょっと!」


少し離れた場所から、イアンが手招きしている。するとジークは、何も言わずに行ってしまった。


「……ふん」


ラシードも背を向けて、騒がしい兵士たちの輪から離れた。

陣営を抜けて茂みの奥までくると、ラシードは立ち止まり、視線を落とした。


自分でも、まだ信じられなかった。よりによって、魔天軍に寝返るとは。


手の中の仮面を見る。


こんな仮面を使って、人間の敵として元の仲間たちに剣を振るっている。しかもそれが、女のためだとは。

たった一人の、女のために。


後悔しているわけではない、ただ呆然とするだけだった。


「――ラシード?」


声に振り返ると、女が立っていた。


「……イレーヌ」


「なかなか、見事な戦い振りだったな」


紅い瞳が、微笑む。


「しかし、一太刀受けていただろう。大丈夫か?」


イレーヌはそう言って、ラシードの左手を取る。肘の辺りの布が破れて血の色が滲んでいるが、傷らしきものは何もなかった。


「さっき、『治癒』をかけてもらった」


「そうか」


手を取ったまま、イレーヌはラシードを見上げた。


「せめて、敵をもう少し牽制できる程度に、魔術が使えればよいのだがな。そなた魔力は高いが、あまり修行熱心とは言えぬゆえ」


「どうせ、未熟者だ」


手を引っ込めながら、ラシードは子供のように拗ねてみせた。


「呪文の修得には、向き不向きもある。ジークも聖騎士ではあるが、術者としての技量は剣技に遠く及ばぬし……そなたも、同じやもしれぬな」


「あいつと比べるなよ」


ラシードはますます、不機嫌な表情になった。


「剣技で比べられても、分が悪いか」


イレーヌが声を立てて笑った。柔らかな風に、長い金髪が揺らめいている。


「今、敵わぬは仕方あるまい。そなたが子供のころから、あれは一流の剣客であったのだから。――しかしいずれは、対等になる日も来るやもしれぬぞ」


「本当にそう思うのかよ?」


「さあな。そなた次第だ」


ふわりと舞う金髪を、思わずラシードは左手に掴んだ。


「別にどうだっていいぜ、俺は」


言いながら、髪の先に口づける。


「あんたの側に、いられるんならな」


ラシードの右手から、仮面が滑り落ちた。そのまま、白い体を抱きしめる。

イレーヌは抵抗しない。むせかえるような花の薫りが、ラシードを息苦しくする。


「……悪い女だ」


呟きながら、いつまでも離したくない――そう思っている自分に、ラシードは抗うことができなかった。

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