21.再びの別れ
ダイスの葬送と鎮魂、メイシェールの披露、そして再戦に臨んでの士気高揚を目的とする宴は、三日の間続いた。その間にも勅命を受けた偵察隊が暗躍を続け、王の許に人間軍の動向を報せていた。
将軍たちもまた散り散りに、己が任地に赴いていく。
陣営前の広場には見送りや出迎えの兵士が集い、将軍の出立を待っていた。最初に出るのは、最も遠い陣営に向かうディールである。
「ヴェナ様、いずれまた。――ご武運を」
あとから出るヴェナに、ディールが声を掛ける。
「……そなたも」
ヴェナが答えると、ディールは微笑み、上を見上げて「飛翔」した。一瞬にしてその姿は上空高く駆け上がり、一直線に南方へと消えていく。
「ヴェナ様」
黒魔族の兵士が促すと、ヴェナは天を仰いだ。と、陣営の奥から嘶きが聞こえ、ヴェナのほうへ大きな影が飛んできた。
彼女の前に現れたのは、白緑色の体をした飛竜だった。
ガルシアから下賜された、魔天軍にも三体しか存在しない、竜族の一体である。ドラゴンほど強力な個体ではないが、飛行に優れ、息での攻撃力も持つ。
辺りに風が巻き起こり、兵士たちは急いで退き、場所を空けた。
飛竜は全幅120フィートもあろうかという両翼を閉じ、ヴェナの前に降り立った。そのまま主人を待って、長い首を垂れる。
ヴェナは一度、ガルシアの残る陣営内を振り返ると、素早く飛竜の上に飛び乗った。すると飛竜は翼を広げ、瞬く間に飛び立った。
「相変わらず、あれも無愛想だな」
サイラスが、ヴェナの消え去ったほうを見上げて呟いた。
「飛竜ですか?」
フォウもやってくると、同じ空の彼方を見て、続ける。
「亜種とはいえ、竜族ですから。本来、陛下や公爵閣下でなければ、側に寄ることさえ拒むでしょう」
魔天軍に属する竜は、ガルシア直轄の遊撃隊としてファイアードラゴン、ラルフの第一軍にサンダードラゴンがいる。永い戦乱の間に弱体化したものの、今も人類より上位に存在し、「神に最も近い生命体」である。
そのドラゴンを従えた王など、有史以来これまで一人もいなかった。
「我らには高嶺の花か。さて、参ろう。またな、フォウ」
「お気をつけて、サイラス」
挨拶を交わすと、二人もそれぞれに「飛翔」していった。
ヴェナ以外の将軍は、非常事態を除き、大抵「転位」ではなく「飛翔」で行き来する。
高等魔術ではないにせよ、大陸を横断するほどの長距離を「飛翔」可能な者など、そういるものではない。魔力を封じた魔道具の力を借りていたのだとしても、である。
第四軍の駐屯するチグリノはテクスターナから程近く、ジークがイレーヌを迎えに来ていた。
「おお、ジークか。イレーヌ殿なら、まだ中におられるぞ」
それに気づいたアダムが、明るく話しかけた。ジークが無言で礼をすると近づいて、人目を憚り小声で囁いた。
「正直なところ、次の将軍はお前かと思っていた」
「……恐れ入ります」
ジークも、声をひそめて答えた。するとアダムは、陽気に笑った。
「まあ、今のままのほうが、お前のためかもしれんがな。陛下のお心に適うよう、精進することだ」
そう言い残して出立した。他意はないだろうその言葉が、ジークの心には重く響いた。
ふと顔を上げると、ラルフが陣内から出てくるところだった。
ジークはガルシアにそうするように、跪いて礼を取った。元帥であり、公爵でもあるラルフは、身分においてほとんど王と同等なのである。
ラルフはジークに目もくれず、供を従えて歩いている。
が、その前を通り過ぎようとした時。
「命を惜しむな」
そう、小さく呟いた。
ジークが驚いて顔を上げると、何事もなかったように去っていく。少し下がってついていく公爵の従者には、ラルフの言葉は聞こえなかったらしかった。
ラルフが去るとジークは立ち上がり、過去のことを思い返した。
今まで、自分が公爵に声を掛けられたことは、ただの一度もない。空耳だったのだろうか。
命を、惜しむな。
それは無論、主人を護るためにいかなるときも承知していることであり、王にならば、幾度となく命じられている。
だが公爵が?
「ジーク」
「……イレーヌ様」
ようやく、主人が姿を現した。ジークが辞儀をすると、イレーヌは微笑んで尋ねた。
「どうかしたのか?」
「――いえ。公爵閣下が、ご出立なされましたので」
ジークが答えると、不意にイレーヌの顔から笑みが消えた。
「何か仰せられていたか」
「いえ……」
嘘をつくつもりはなかったが、空耳ではないと言い切る自信もなかった。
「そうか」
イレーヌは低い声で応えて、背を向けた。




