20.想い巡る
幕舎に囲まれた陣営の、中央広場に宴席が設えられている。そこに将軍が揃ったのは、日も暮れかけたころだった。
篝火が輪のように灯される広場に、ほぼ半円を描く形で九つの席がある。敷布や毛皮を何重にも重ねた、椅子のない座で、それぞれの前の膳上に酒瓶や杯、果物、肴などの皿が並べられている。
中央の、唯一脇息が置かれた席にガルシアが、その向かって左隣にラルフが着き、残る三人ずつが左右に別れて座る。右側にイレーヌ、サイラス、フォウ、左にヴェナ、ディール、アダム。そして右端の空席には、見慣れぬエルフが、少し遅れて座った。
全員が顔を揃えたところで、ガルシアが言った。
「皆も承知の通り、第三軍を率いていたダイス・グウィドが、先ごろ人間軍の奸計に掛かりて戦死した。同時に二千の兵も失うこととなったが、不測の事態に惑うて進軍を鈍らせるなど、我が軍にはあるまじき愚策。
ゆえに直ちに新たなる将軍を任命し、第三軍の指揮を執らせることとする。
――魔剣士、マリオ・メイシェールだ」
王の紹介に、一礼して顔を上げた末席のエルフは、あの夜イレーヌの前で、メッサーから変貌を遂げた男だった。
その男の姿に、少なからず反応を示したのは、ヴェナとラルフの二人である。
――フェン。
ラルフは一瞬、ガルシアに視線をやった。ガルシアは、変わらぬ微笑を湛えている。
イレーヌはメイシェールを見ようともせず、無表情に座っていた。
「訃報に際し臆することなく、卿らには一層の奮起を望む。
我が頼みとする七将軍よ、必ずやその義務を果たせ」
「――御意!!」
ガルシアの言葉が終わると、宴が始まった。
しばらくしてイレーヌが席を立ち、残る者は楽しげに歓談した。
ガルシアはラルフと杯を汲み交わし、傍らにヴェナを招いて、寛いでいる。
ディールとアダムは、親友の気の置けない語らいを続ける。メイシェールはフォウと同族同士早くも打ち解け、サイラスとも話が合い、談笑した。
「……ところで、イレーヌ殿はどちらへ?」
メイシェールの問いに、フォウが答えた。
「舞のお支度でしょう。陛下のご命令とおっしゃっておられましたので」
「舞?」
「戦勝祈願となれば、あの方の舞に優るものはない」
サイラスが上機嫌で言った。
「貴公、運がよい。就任なされてすぐに、イレーヌ殿の『祝福』を受けられるとは」
「『祝福』、とは?」
「すぐに、おわかりになりますよ」
フォウが答えた丁度その時、イレーヌが再び姿を現した。
マントを脱ぎ、銀や水晶の飾りを両の手・足首に着けて、裸足で皆の前に立つ。その姿は、王宮に招かれる白魔族の踊り子と、ほとんど同じ出で立ちだった。
ガルシアが視線を向けると、イレーヌはその場に跪き、深々と礼をした。そして静かに立ち上がると、ゆっくりと天を仰ぎ、両手を頭上に上げた。
ぱっとその手を返し、手首の飾りがシャン、と高く鳴ると、伴奏もなく妖精は舞い始めた。柔らかくしなやかに、その身体をもって歌うように。
「……水の踊り、ですね」
フォウが呟いた。
「フェアリアの祭時の舞だとか。我らが知る中でも、最も優美な――」
「最もあの方に、似つかわしい……」
サイラスも、うっとりと言った。メイシェールは無言で、イレーヌを見つめた。
いつの間にか誰一人口を開かず、ただイレーヌの身に着けられた装身具だけが、鈴に似た澄んだ音を辺りに響かせている。
将軍たちに加え、周囲に控える近衛の兵士たちも魂を奪われ、妖精の姿を見つめ続ける。
本来ならば雨季を迎えるころ、神に捧げるための舞である。それもイレーヌによれば、兵の士気を鼓舞するには十分な、女神の祝福とさえ思えるほどの意義を持っていた。
常ならば煽情的なイレーヌの美しさも、このときばかりは、犯しがたいほどの神聖さに変貌して見える。
ヴェナはふと、思った。
――なぜこれほどまでに、美しいものが存在するのだろう。
ここにいる誰もが、同じ思いでいるだろう。心の気高さ、魂の輝きなど、この美しさの前にあっては、どれほどのものか。
ちらりと隣のガルシアに目をやると、皆が放心している中、その横顔だけは常と同じ微笑を保っていた。
その瞳は、手の届かぬものに焦がれる緊張とは無縁の、愛しい恋人を見る男のそれである。
「娘」である自分には、生涯向けられることのない視線だ。
だが自分にも、それと同じ光を宿した眼差しを向ける男のいることに、当のヴェナは気づいていない。
そしてもう一人、いつもと同じ表情でイレーヌを見つめる男があった。
……いや、いつもと同じ瞳の中に、誰より深い想いを秘めている男が。
その蒼い瞳に、真実を封じ込めて。
様々な想いの乱れる中、舞い続けるイレーヌだけが、それに気づいていた。




