表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MASTERY - マスタリィ【第1部】  作者: 洲澄英里
Period 1 MASTERLESS - 第1章 神の眷族
20/90

19.将軍招集

雨はその後三日三晩降り続け、やがてその役目を終えた。

一年で最も光に満ちた季節、雨季明けの春、「盛春(せいしゅん)」の到来である。


空気はまだ水の匂いを含んでいたが、陽の光は眩しく世界を照らしだす。木々の緑が空の青に映え、野も森も、洗われたすべてが生の息吹に輝いていた。


そして人だけがまた、大地を穢す準備を始めた。


魔天軍は進軍を開始するより先に、元帥ラルフと将軍全員が非常召集を受け、テクスターナに向かっていた。今は主のいない、第三軍の残留する陣営である。

陣営は将軍たちを迎えるために兵士が忙しく駆け回り、戦闘前のような活気に満ちている。


その中で、喧騒の届かぬ奥まった幕舎の裏手に、一人の美しい娘が立っていた。

白い衣に映える褐色の肌、長い耳、肩の辺りでそよぐ薄い白金の髪――どれもが、ダークエルフの血に適っている。


ダークエルフとは、もとはエルフと他種族の混血である。

白色人種で髪も金髪やプラチナ、薄茶などの明るい色を持っているエルフは、混血すると肌が黒くなる。そして混血同士で血が濃くなればなるほど、髪色も黒く染まっていった。


長い年月のうちに、ダークエルフのみの里も増え、一種族に数えられるほどになった。一方今でも、稀にエルフと他種族が交わり、明るい髪のダークエルフが生まれることがある。


白金の髪は、他種族との混血として生まれた、原初に近いダークエルフの証だった。

瑠璃色の瞳に気高さを漂わせ、凛として立っている――彼女の名は、ヴェナ・ヴィ・ラング。

言わずと知れた、魔天王ガルシアの養女である。


ヴェナは所在なげに、宙を見ていた。鎧は着けずにレイピアを帯刀し、白に薄紫を重ねた戦闘服に薄手のマントを羽織ったその装いは、略式ながら将軍の礼装である。

だがその顔つきは、およそ将軍の名に似つかわしいものではなかった。


知らぬ者がその顔だけを見れば、誰もが恋人を待つ娘の風情だと合点するだろう。

表情を殺していながら、その瞳の明るさと緩んだ頬の有り様は、間違いなく恋する乙女のそれであった。


……王に会うのは、半月ぶりのことである。

ヴェナは喜びと恥じらいとを抑えきれず、少女のごとく胸を弾ませていた。


幼いヴェナが、狼人間(ワーウルフ)に襲われていたところをガルシアに助けられたのは、もう百年も昔である。

それ以来養女として長くともにありながら、ヴェナは未だに無垢な心のままガルシアを慕い、こうして胸ときめかせる。

世界が眩しく感じられるのは、ヴェナにとっては、雨季の明けたためではないのだ。


「お早いお着きですね」


不意に現実に引き戻され、ヴェナは声のしたほうを振り返った。

茶褐色の瞳に、控えめだが強い意思を感じさせる眼差しの、穏やかな風貌をした若い黒魔族。やはり鎧なしで見事な長剣を腰に帯び、厚いマントの礼装をしている。


その姿を認めると、ヴェナは男の名を呼んだ。


「ディール」


「お久しぶりです」


男は優しく微笑んだ。ヴェナよりも少し長めの、黒髪が風に揺れる。


「確か、第五軍は最南を進軍中のはず。そなたこそ、随分と早く参ったな」


ヴェナは何気なく言った。聖騎士ディール・アル・フェリオ将軍が率いるのは、大半が魔族の騎士からなる、第五軍である。


「我が軍への伝令が早かったのでしょう。格別、急いだわけではありません」


ディールは落ち着いた口調で答えると、辺りを見回して言った。


「この陣営には、将軍は不在のようですね。ダイスは……」


「――やはり、戦死したらしいな」


続けて言ったのはヴェナではなく、太い男の声だった。

ディールは振り返り、声の主が来るのを見て、声を掛けた。


「アダム」


「早いな、ディール。ヴェナ様も、お変わりなく」


並外れて大柄な、黒魔族の剣士が現れた。第六軍の将軍、アダム・ゴードン。

体躯同様に少々恐ろしげな顔立ちではあるが、人懐こそうなはしばみ色の瞳に、陽気な笑みを湛えている。


「戦死か」


ヴェナがぽつりと言ったのを受けて、アダムは続けた。


「此度の召集は、新たな将軍披露のためとも聞きました。いずれにせよ、陛下がおいでになれば、わかることかと」


「そうだな」


その言葉に、ディールも軽く頷いた。


「そういえば今し方、ゾノバに会った。前触れとして参ったのなら、そろそろ陛下も」


「ゾノバが? どこに?」


アダムが言い終わらぬうちに、ヴェナが言葉を遮って尋ねた。


「あ、いや、雑兵たちの休憩所に」


「失礼する」


アダムの返答を聞くや否や、足早にヴェナは去った。

残された二人はその後ろ姿を見送って、しばし呆然としていた。やがてアダムははっとして、小声でディールに囁いた。


「……邪魔をしたか」


二人はもともと同じ領主に仕えており、幼いころから剣技を競い合った友として、心中を忌憚なく話し合う仲なのである。


「済まん。余計なことを言った」


「――いいさ」


ディールは寂しげに笑って、呟いた。


「相変わらずだな、あの方は」


その様子を見て、アダムは自分の粗忽さに軽い罪悪感を覚え、眉をひそめた。


「雨季も明けたというのに、晴れやかとは言いがたい表情だな」


「まだ、お二方だけですか?」


残る将軍のうち、二人が同時に姿を現した。

女のような美貌の、髪も長い黒魔族と、品のよい優しげな瞳をしたエルフの、二人とも若い男である。


「サイラス、フォウ」


「久しいな。ヴェナ様は向こうにおいでだ」


先に来ていた二人は、嬉しげに微笑して答えた。


第七軍の将軍シン・サイラス・コウは魔剣士で、爵位を継ぐ嫡男ではないが、黒魔族の貴族である。

第八軍の将軍マリスト・フォウは聖騎士、エルフの中でも有力な里の出身で、由緒正しき里長の血筋だった。


つまり将軍たちは、生まれも血筋も異なっており、ガルシアに見出されたことで、偶然集った者同士である。

しかし、年齢に似合わず将軍位を受けた彼らは、その並外れた戦闘力ゆえに、多くは対等な友人を持てずに成人している。


そのため、将軍として同等の力を持つ互いを尊敬し認め合い、同僚として以上の連帯感を持って、厚い友誼を分かち合っているのだった。


「そういえば、陛下の前触れがすでに参っていたようだな。

……さては貴公ら、取り残されたのか」


勘のいいサイラスが、ディールの顔をちらりと見て、意地悪く笑った。

その言葉に、ディールよりもアダムのほうがきまり悪そうな顔をしたのを見て、フォウが助け船を出した。


「召集も久方ぶりのことですから。私も、皆様方にお会いするのが楽しみでした」


「“皆様”に入らぬ輩もあっただろうが、もはや顔を見ることはないか」


するとサイラスも、それ以上の追及をせずに、話を変えた。


「貴公らも、すでに聞いているか」


アダムが真顔になって尋ねると、フォウも表情を改めた。


「雨季の最中、罠に掛かられて、二千の兵とともに戦死なされたとか」


四人揃って、しばしの間沈黙した。ダイスだけは友と呼べる相手ではなかったものの、同じ将軍の死に、何も感じぬわけはなかった。


「――しかし二千もの殉死者を従えてのことならば、御霊(みたま)の慰めにはなっただろう」


サイラスが口を開いた。


「魔天軍においては、あれ(ダイス)は天命を全うした。そうではないか?」


その言葉の真意に気づきながら、誰も答えようとはしなかった。答えるわけにはいかなかった。


ダイスの死の真相を知る者は、ここにはいない。知ろうともしない。

その死がどれほど疑わしいものだとしても、王が否定したならば、それは邪推にすぎないのだ。王が戦死と言うのなら、それが信じるべき真実である。


彼らは王の臣下であるのだから。

今は亡き将軍の名を汚さぬためにも、それ以上の言葉は語れないのである。


「こんなところで、どうなされた?」


明るい声が、その沈黙を破った。

一同は驚いて振り返り、そこに立つ人の姿に息を呑んだ。


「……イレーヌ殿」


「久方ぶりだな」


サイラスの呼び声に応えたイレーヌは、相変わらずの微笑を湛えている。だがその衣装だけはいつもと異なり、ほかの将軍たちのような、礼装もしていなかった。


普段の衣以上に服とは呼べない、長い布を胸と腰とに巻きつけただけのような、紛れもない踊り子の衣装に、金細工で前を止めたマントをすっぽりと被っている。


「おのおの方、息災であられたか?」


四人に視線を移しながら尋ねる。

その笑顔にはまったく邪気がなく、美しい。


「はい。ここにおります者は」


サイラスが答えると、イレーヌは一層艶やかに笑った。


「何よりだ。では、あちらの席に参られよ。

陛下や公爵閣下も、間もなく到着なされる」


「参りましょう」


フォウが従いつつ皆にも促すように言って、先を歩き出した。


「そのお召し物は……舞われるのですか?」


イレーヌに向かうフォウの表情は、いつもの穏やかなものに戻っている。サイラスも、和らいだ笑顔でそのあとに続く。


「陛下の命で、のちほどな。此度の召集は、戦勝祈願の宴も兼ねてのものとかで……」


イレーヌは二人に挟まれ、愉しげに語らいながら歩いていく。その姿をぼんやりと眺めていたアダムの肩を、ディールが軽く叩いた。


「我々も行こう、アダム」


「あ、ああ。うむ」


アダムは一瞬なんとも複雑な、羞恥と恐縮の入り交じった表情を見せて、ゆっくりと歩き始めた。

ディールはそんな友の胸中を、共感に近く察していた。


――自分たちも所詮、死んだ男と同じ。

ただ、違うのは己を知っていること。王と自分の器の違いに、畏れを抱いているだけなのだ。

ふと、誇り高いダークエルフの面影が脳裏をよぎり、ディールは思わず苦笑した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ