16.同化
宵闇とともに風雨が強まり、森は激しく哭いていた。
幕舎内のイレーヌはいつものように、寝酒の杯を傾けながら寝台に寝そべっていた。
不意に、すぐ横に白い「影」が立った。
「お久しぶりにございます……イレーヌ様」
「……フェン!」
イレーヌはにわかに起き上がり、杯を置いて立ち上がった。
「なんの用だ」
イレーヌには珍しく、眉をひそめて、あからさまに不快の念を示した。
「陛下のご命令にて、次なる将軍の任を賜りました」
フェンはまったく無表情で、淡々と答える。
「将軍の……では、まさか、そなた」
何かを察したイレーヌに、フェンは淡々と告げる。
「『同化』せよとの、仰せにございます。
わたくしの相手につきましては、イレーヌ様に一任なされるとの由にて……」
「――陛下が、そう仰せになられたのか……!?」
「御意」
フェンは頭を下げ、イレーヌは目を見開いて立ち尽くした。
「お望みの者を、お呼びくださいませ」
深く頭を垂れたフェンは、そのまま微動だにしない。
イレーヌは呆然と、フェンの姿を見つめた。
――
戦場にてイレーヌの世話係を勤める侍女が、メッサーの幕舎に現れたのは、それから少し経ったころだった。
将軍でありながら王の相手でもあるイレーヌには、戦地にも相応の侍女が付き従っている。無論、平素は兵の一人として戦場にも立つ女たちであり、男にも劣らぬ戦士だった。
その侍女も、一見戦闘服が不似合いな、細身の白魔族である。しかし隙のない身のこなしは、兵の力量をわずかなりとも漂わせていた。
侍女がやってきた折、メッサーは少なからず驚いて、言われた言葉を繰り返した。
「イレーヌ様が、ご寝所にお呼びだと?」
「はい」
「……すぐに参る」
もう休もうとしていたメッサーは、急いで身支度を整えた。
こんな夜更けに、また偵察の任務だろうか。それにしても、寝所に呼ばれるとはどういうことなのか。
メッサーの胸は、我知らず高鳴った。
「密命を拝するやもしれん。お前はここで待て」
「かしこまりました」
侍女を置いて、メッサーはイレーヌの幕舎へ向かった。
――
吊り布の奥から人の近づく気配がして、イレーヌは悲しげに顔を上げた。
すると、フェンが音も立てず、イレーヌに忍び寄った。
「失礼致します」
フェンの声に驚き、イレーヌが振り向く。
ほぼ同時に、メッサーは緊張した面持ちで、礼をしながら主人の寝所に足を踏み入れた。
「メッサーにございます。お呼びとお聞きし……」
顔を上げたメッサーが見たものは、イレーヌを抱きしめて口づけている、見知らぬ者の姿だった。
「貴様、何者だ!?」
メッサーが抜刀した瞬間、フェンの体が光ったかと思うと、光の帯となって宙に弧を描き、吸い込まれるようにメッサーの体の中に飛び込んだ。
「なっ!?」
「メッサー!」
思わず部下の名を呼んだイレーヌの眼前で、メッサーの体が眩いばかりに輝きを放ち、辺りを照らしながら緩やかに変貌していった。
やがて光が消えると、そこにいたのはメッサーでも、フェンでもなかった。
フェンの顔立ちをした、メッサーと同じ金の髪に薄茶の瞳の、エルフが立っていた。
エルフは静かに言った。
「『同化』の際には、相手の意識が空白だと都合がよいもので。ご無礼お許しください」
丁重に頭を下げる。その声も、やはりメッサーのものではない。
「……よい。陛下以外の者が何を言ったところで、そなたが聞かぬことはわかっている」
イレーヌは苦々しげにそう言って、横を向いた。
「では、失礼致します」
フェンの顔をした男は、「転位」の魔法で瞬時に姿を消した。
「――フェンめ」
イレーヌは目を伏せて、軽く唇を噛んだ。
メッサーのいたところに目をやると、そこにはただ、一振りの剣が残されているばかりだった。
「……メッサー」
イレーヌはその剣を手に取り、胸に抱いた。
「許せ……」




