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MASTERY - マスタリィ【第1部】  作者: 洲澄英里
Period 1 MASTERLESS - 第1章 神の眷族
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16.同化

宵闇とともに風雨が強まり、森は激しく哭いていた。

幕舎内のイレーヌはいつものように、寝酒の杯を傾けながら寝台に寝そべっていた。


不意に、すぐ横に白い「影」が立った。


「お久しぶりにございます……イレーヌ様」


「……フェン!」


イレーヌはにわかに起き上がり、杯を置いて立ち上がった。


「なんの用だ」


イレーヌには珍しく、眉をひそめて、あからさまに不快の念を示した。


「陛下のご命令にて、次なる将軍の任を賜りました」


フェンはまったく無表情で、淡々と答える。


「将軍の……では、まさか、そなた」


何かを察したイレーヌに、フェンは淡々と告げる。


「『同化』せよとの、仰せにございます。

わたくしの相手につきましては、イレーヌ様に一任なされるとの由にて……」


「――陛下が、そう仰せになられたのか……!?」


「御意」


フェンは頭を下げ、イレーヌは目を見開いて立ち尽くした。


「お望みの者を、お呼びくださいませ」


深く頭を垂れたフェンは、そのまま微動だにしない。

イレーヌは呆然と、フェンの姿を見つめた。


――


戦場にてイレーヌの世話係を勤める侍女が、メッサーの幕舎に現れたのは、それから少し経ったころだった。


将軍でありながら王の相手でもあるイレーヌには、戦地にも相応の侍女が付き従っている。無論、平素は兵の一人として戦場にも立つ女たちであり、男にも劣らぬ戦士だった。


その侍女も、一見戦闘服が不似合いな、細身の白魔族である。しかし隙のない身のこなしは、兵の力量をわずかなりとも漂わせていた。


侍女がやってきた折、メッサーは少なからず驚いて、言われた言葉を繰り返した。


「イレーヌ様が、ご寝所にお呼びだと?」


「はい」


「……すぐに参る」


もう休もうとしていたメッサーは、急いで身支度を整えた。


こんな夜更けに、また偵察の任務だろうか。それにしても、寝所に呼ばれるとはどういうことなのか。

メッサーの胸は、我知らず高鳴った。


「密命を拝するやもしれん。お前はここで待て」


「かしこまりました」


侍女を置いて、メッサーはイレーヌの幕舎へ向かった。


――


吊り布の奥から人の近づく気配がして、イレーヌは悲しげに顔を上げた。

すると、フェンが音も立てず、イレーヌに忍び寄った。


「失礼致します」


フェンの声に驚き、イレーヌが振り向く。

ほぼ同時に、メッサーは緊張した面持ちで、礼をしながら主人の寝所に足を踏み入れた。


「メッサーにございます。お呼びとお聞きし……」


顔を上げたメッサーが見たものは、イレーヌを抱きしめて口づけている、見知らぬ者の姿だった。


「貴様、何者だ!?」


メッサーが抜刀した瞬間、フェンの体が光ったかと思うと、光の帯となって宙に弧を描き、吸い込まれるようにメッサーの体の中に飛び込んだ。


「なっ!?」


「メッサー!」


思わず部下の名を呼んだイレーヌの眼前で、メッサーの体が眩いばかりに輝きを放ち、辺りを照らしながら緩やかに変貌していった。


やがて光が消えると、そこにいたのはメッサーでも、フェンでもなかった。

フェンの顔立ちをした、メッサーと同じ金の髪に薄茶の瞳の、エルフが立っていた。


エルフは静かに言った。


「『同化』の際には、相手の意識が空白だと都合がよいもので。ご無礼お許しください」


丁重に頭を下げる。その声も、やはりメッサーのものではない。


「……よい。陛下以外の者が何を言ったところで、そなたが聞かぬことはわかっている」


イレーヌは苦々しげにそう言って、横を向いた。


「では、失礼致します」


フェンの顔をした男は、「転位(メティシス)」の魔法で瞬時に姿を消した。


「――フェンめ」


イレーヌは目を伏せて、軽く唇を噛んだ。

メッサーのいたところに目をやると、そこにはただ、一振りの剣が残されているばかりだった。


「……メッサー」


イレーヌはその剣を手に取り、胸に抱いた。


「許せ……」

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