9.反逆者
魔天王を長とする黒魔族、ほぼ同等の権力を持つ魔天公爵を頂く白魔族。
両魔族の棲息地は、中央大陸の最北を占めている。
国は一つ、王も一人。
最も広い土地を統べるには脆すぎる国家であるがゆえに、地方領主や諸侯の争いは常に絶えなかった。
むしろ国を持たないエルフのように、各地に分散して里を構える種族のほうが、安住の地にあると言える。
魔族に多数仕える巨人族などは、戦いを知らずして生きる術を持たない。
妖精は、最も争いから遠くある。
もっとも、永い戦乱の世のうちに少数化し、絶滅寸前となった種族にとっては、もはや争う意味などないのである。
ほぼすべての種族に干渉し、あらゆる争いに関与する存在――それが人間である。
長年に渡り五つの国家に統制されていた、最多数民族。だが、魔天軍の侵攻が始まるまで、人間同士も相争っていた。
人間は寿命が長くて百年ほどと、人類の中で最も短い。その儚き一生を埋めようとするかのごとく、排他的にして好戦的である。
南方のリュ・ジオス王国を中心に、世界各地に点在する彼らは、その性情ゆえに確固たる国家体制を持ちながら、平穏な日々を甘受しようとはしない。
人間との争いを回避し、その国家に隷属する形で村落を形成していたのが、小人である。
それは、妖精の激減や、巨人の退行・半獣人化に比べれば、遥かに賢明な選択であった。
魔族、エルフ、妖精、小人、巨人、人間……寿命も魔力も異とする者たちの上に、真の平等と恒久の平和がもたらされうるのだろうか。
この未曾有の大戦は、乱世の幕を閉じるのか。
「そんなことはありえまい。なあ、イグレシアス?」
ダイスは傍らの、灰色のローブを着た小柄な黒魔族に話しかけた。
第三軍の参謀を務める中年の魔導士、イグレシアス・パロム。
将軍となる以前からダイスを知る男である。決して見目がよいとは言えぬ顔立ちで、酒気を帯びた主人を、じっと見つめていた。
夜風に幕布の揺れる、深夜の会話。
「陛下とて承知のはず。この大侵攻の真の目的は、魔族による完全制覇!」
手の中の果実を睨みつけ、ダイスは口元に薄ら笑いを浮かべた。
ガルシアのそれとは似ても似つかぬ、蹂躙者の表情である。
「あの方は混血だからな。大義名分でもなければ、戦などできぬのだろう」
不遜な面差しの臣下は、鼻先で笑った。
「しかし魔天軍において純粋なる魔族による軍は、黒・白魔族を併せても我が軍と、ラルフ様の第一軍のみ。
統一のあとも、やはり他種族の支配層が治政に関わるのでは」
控えめな口調でイグレシアスが言うと、ダイスは声を強めた。
「今の魔天王が治めるならば、だ!」
言葉と同時に、右手に力が籠もる。
石榴に似た実の果皮が、軋んだ。
「弱きが強きを制するなどできるものか。最も力ある魔族が支配者となるのは、至極当然のことだ。
『女王』を手にするべきは、真の王!」
実は裂け目から四つに割れた。
その一つを口に運びながら、ダイスは魔導士へと視線を向ける。
「そうは思わんか?」
「――では、やはり……陛下を?」
「幸いにして、王族の権威は地に堕ちた。あの方自身の手によってな。
今や、まさに力がすべてだ。生来の身分など、なんの意味もない。
お前は私を、たかが将軍の地位で終わる男と思うか?」
「いいえ。あなた様のお力は、よく存じ上げております」
イグレシアスは歪んだ表情で笑うと、深々と頭を下げた。
「微力ながら、わたくしめもご助勢致します。時が参りましたら、何卒お命じください。
あなた様に初めて討ち負かされてよりの忠義、この身をもって示しましょうぞ」
狂気を孕んだその眼の光は、確かにダイスの「同胞」であった。




