第2部 マッカーサー・キャンペーン 第1章 宮廷の門番
オーストラリア・ブリスベン 連合軍南西太平洋方面軍司令部
1943年 11月4日 16:50
8階のエレベーターの扉が開く、ただ一人乗っていたサザーランド参謀長
は、扉口横手にある姿見の鏡でチェックを行う。もう数日で50歳を迎えるが
体の線は崩れていない、元帥は身だしなみに殊の外厳しいのでもはや習慣化し
てしまっている。
左手には、ヴィンテージ物の第1次大戦時型革製のマップケースを下げている。
中には、先ほどまで部下に作らせていた作戦プランが納められていた。
マッカーサー宮廷の門番とまで言われる彼が、先の第5航空軍の報告書を副長の
マーシャル大佐にもって行かせたのは、このプランが完成していなかったのと、
参謀副長を威力偵察として使い、元帥の精神状態を覗くためであった。
結果は彼の予想通りで、あとは元帥の怒りや関心をどう受け、どう誘導するか、
彼の日常とはこのようなものであった。この程度の事を事前に予想し、実行でき
なければマッカーサーの宮廷では生き残れない。
元帥執務室の前では副官の大尉が待っていた。
彼は、お待ちですとのみ言い、扉を開けてくれた。
マッカーサー元帥は執務机に腰を預け、愛用するコーンパイプを燻らせていた。
甘い煙草の香りが漂っている、サザーランドは銘柄をエッジワースではないかと
見当をつけた。
「見たか?」
マッカーサーは顎で机の上の報告書を指した。
「見ております」
「目的のラバウル近辺の飛行場の破壊具合は、真にもって素晴らしい、しかし
我が陸軍航空隊の損害は全く話にならん」
マッカーサーはコーンパイプを右手に持ったまま、両手を広げてみせた。
「サザーランド、話を聞こう」
あの氷の眼差しで見つめてきた。
サザーランドの中で警報音が鳴りだした、クーラーがよく効いているはずなのに
背中に汗をかいているのがわかる。
元々、今回の「アイアン・ジョーズ作戦」はマッカーサーが言い出したもので
あった。
進捗しないニューギニア北岸攻略のため、ニューギニアを飛び越して日本軍の
策源地であるラバウルを叩き、一時的にダンピール海峡以南の制空権を奪う、
しかる後に舟艇機動でニューギニア北岸に部隊を送り込み一気にニューギニア
北岸を攻略する。
この、当初6月に予定されていた「カートホイール作戦」を延期、手直しし
て「アイアン・ジョーズ作戦」を行ったのは2つの原因がある。
情報によると、トラック環礁に日本海軍主力の2個航空艦隊が停泊している。
このため海軍がラバウル攻撃時に後ろを取られる事をいやがった事。
もう一つは、ラバウルにある能力の高い日本軍航空廠を叩き潰すことにあった。
このラバウル航空廠の能力に気づいたのはサザーランドの部下の一人で、
近辺で、日本軍の新型の連絡機や中型輸送機が見られるが、それがどうやら正規
のものではなく、墜落したアメリカ軍機や廃棄処分となった日本軍機を組み合わせ
パッチワークのように新しい航空機を作り出し運用し始めている。
この報告を聞いた時にサザーランドは戦慄した、慌てて日本軍航空機の損耗率と
と前線に出てくる航空機の数字を見比べ調べてみた。
そこから推定される損耗再稼働率は、連合軍航空隊におけるをそれをかなり上回
っており、彼は衝撃を受けると同時に、このような存在は絶対に叩き潰す必要があ
るという決意をもった。
このような理由で当初は「ジョーズ作戦」というそっけない名称であった作戦は
陸海軍の総力をあげた大作戦「アイアン・ジョーズ作戦」へと昇華してしまった。
ハガネの顎でもって北のトラック環礁から南のラバウルまでもを嚙み砕く。
但し、どちらも陸兵をおくりこんでまで占領しない。
無力化するだけでよい。それが作戦の趣旨であった。
主攻はもちろんラバウルで、牽制のためのみトラックを攻撃する。
海軍との取り決めはそうなっていた。
「閣下、小官は戦術第1目標は達成したと考えております、次に本来であれば第2目
標に向けて(ニューギニア北岸作戦)行動を直ぐに起こすはずでした」
マッカーサーは続けろというしぐさ、軽くうなずいた。
「しかしながら、現在、我が第5航空軍は行うはずであったニューギニア北岸の
攻撃を行える状態にありません」
サザーランドは壁に貼ってある南太平洋の地図の前まで移動した。
「本来であれば、海軍のエセックス型空母3隻がラバウル東方を遊弋、攻撃の先駆
けとして日本の直衛戦闘機隊を駆逐、またこちらの爆撃機の盾となるべきはずで
した。
サザーランドは地図の空母が遊弋しているべき地点を指示棒で丸く差し示し、軽く
叩く。
「しかしながら海軍は日本海軍の「機動部隊」を恐れるあまり最新のエセックス型
を3隻とも北方からの欺瞞作戦に使いました」
サザーランドはそこだけ日本語で「キドウブタイ」と言い、トラック環礁の東北部
を指し示した。
「結果、旧型のエンタープライズとサラトガで主攻を助けるはめとなり、機数が
足りず、何よりも発着艦が遅く、途中で分派された日本軍空母部隊との合戦に巻
こまれ満足いく結果を残せませんでした」
地図を見つめるマッカーサーの瞳に僅かに変化が現れた。それを見逃すサザーラ
ンドではなかった。
「閣下、海軍にはいずれしかるべき責任を取ってもらうとして、小官は今後のプラ
ンをお持ちしました」
サザーランドは、ディナーショーのマジシャンのような鮮やかな手際でマップ
ケースからファイルを取り出し元帥に差し出した。




