第1部 米軍反攻作戦 第5章 帝国海軍防空駆逐艦桃月
君島環礁南西120海里 日本海軍 防空駆逐艦桃月
1943年 11月4日 11:15
南半球の夏の太陽は中天にあり、艦上のあらゆるものを炙り熱する。
帝国海軍の防空駆逐艦桃月は、25ノットの艦隊速度で南下をしていた。
彼女は、秋月型駆逐艦の14番艦として舞鶴海軍工廠で1941年に誕生した。
艦隊の盾として通常の駆逐艦より贅沢な造りと予算をかけて建造されたそ
の姿は就役時の優美さを失っていたが、その能力はさらに増強され獰猛さを
増している。
半年前、母港の舞鶴で搭載された捜索電探と照準電探はヤマアラシの針の
ように船体から突き出ている。
今、彼女は第2航空艦隊の直衛艦として、守るべき空母から距離を置き、そ
の対空防御の傘を広げていた。
桃月の後部防空指揮所は、元々が狭いうえに後から高射装置に電探の回路
を無理やり接続したたため、文字通り鮨詰めとなっている。
使い勝手も悪く、高射装置の運用を担当する帆走2等兵曹は体を窄めるよ
うにして高射装置の調整を行っていた。
「2次攻撃が出撃中止になった理由は判るか?」
分隊長の谷森少尉が横へにじり寄ってきて小声で聞いてきた。
風が強いので周りの課員には聞こえる様子は無い。
「たぶん、やり合う相手を間違えたと自分は考えます」
分隊長の父親くらいの年齢の2等兵曹は、やはり小声で丁寧に答えた。
「間違えた?」
「はい、アメリカさんも間違えたと考えております。中止命令が出る
前に、春島の基地航空隊が大挙して南下していきました。その結果次第
で攻撃指令は決まると考えております」
二等兵曹はそう言って、首に巻いた手拭で汗を拭いながら北側の遮蔽板か
ら外を見た。
桃月の向こうには、重巡黒姫が波を切り裂いて進んでいる。そのさらに向
こう、8千メートルほど離れて第2航空艦隊の空母蒼鶴の影が見える、艦上に
は微かに機体が並んでいるのが見える。
トラック環礁 春島 帝国陸海軍航空作戦連絡所
1943年 11月4日 9:45
トナチャウ山腹に掘られた中央壕に帝国陸海軍の航空作戦のための相互連絡所
があった。
指揮所、司令部としないのは各々軍令上の法律的困難を乗り越えるための措置で
ある。
もっとも、実質的には航空作戦の司令指揮所として機能していた。
今、その連絡所は混乱の極みに達していた。
ラバウル空襲の米軍機の帰還時を襲撃するはずの第2航空艦隊制空隊が、逆に
阻止された、いや、こちらのトラック環礁攻撃へ向かう途中であったと思われる
米海軍の空母直衛隊と鉢合わせしたからだ。
2航艦の制空隊を誘導していた彩雲は、敵編隊後方に空母を含む有力な艦隊を
見た、との報告を寄せている。
「どこから湧いた」
陸軍飛行師団の2部情報部員と海軍の作戦科情報担当員が海図を囲んで唸って
いる。
「捜索線にはかからなかった」
「いや、それよりもアメリカ海軍の空母の数が合わない」
陸軍の情報担当中尉は指摘した。
「既存の正規空母と竣工したエセックス型は全てトラック環礁北東で1航艦と
殴りあっている」
事実であった、トラック環礁にある陸海の飛行隊主力と1航艦所属の4空母に、
2航艦から臨時に派遣された空母2隻の翔鶴、瑞鶴を合わせた総力で航空迎撃戦
を戦っていた。
壁の黒板にはアメリカ空母の一覧が書き込まれている。
レキシントンタイプ1隻
ヨークタウンクラス1隻
エセックスクラス3隻(艦名不詳)
迎撃戦が始まってかなり経つが、アメリカ海軍機がトラック環礁へ侵入した
という報告はあがってこなかった。
隻数で勝る日本空母ではあるが、搭載機数で日本空母を上回る米国海軍空母
を阻止しすることは通常できないはずだった。
しかし、この暫く前から日本陸海軍の航空機部隊は編制変えをおこない、
攻撃機、爆撃機を日本本土で量産された戦闘機のみに置き換えていた。
空母に搭載されている戦闘機以外の機種は偵察機彩雲や、誘導連絡機の天山
が少数配備されているだけであった。
これは基地航空隊や陸軍の飛行師団も同じで、制空戦闘、迎撃戦闘のみに
特化した編成・作戦を取り始めていた。
この事実は、この1年程度の間続いた侵攻作戦において、攻撃機や爆撃機の
被害の大きさを物語っていた。
電探探知と無線誘導、異様に命中率の高い高射砲、日本軍航空隊は正に血
をもってその経験値を積み重ね、その決定を下したのだ。




