第4部 遠い島 第7章 門番の蹉跌
オーストラリア・ブリスベン 南西太平洋方面軍 作戦司令室
1943年 12月20日 8:40
作戦司令室は沸き立っていた、大半の課員は昨日から寝ていない。
今、その課員たちは続々入電してくるブーゲンビル島からの情報を、壁一面の作戦進捗管理表の黒板に書き入れていた。手空きの課員は書き入れられる数字に見入っているか、同僚と声を抑えて数字の講評をしている。
中央に平置きされた作戦地図には、部隊を表す駒が置かれ、それが徐々に内陸部に侵攻していく様子が見て取れた。
トーチライン作戦は佳境に入りつつあった。
サザーランド参謀長は、彼の定席である作戦地図板の角に寄りかかり、ホーマー・ラフリンの珈琲ソーサーを左手に持ちコーヒーを飲んでいた。ソーサーにチェリーパイが1個載っているのは胃焼けを防ぐためでもある。
彼にとって今度の作戦は、予定調和の一つであるはずであった。
しかし、幾つかの点で彼の予定を裏切っている事実がある。まず、海軍が空母を出さず、このため現地の制空権確保を珊瑚海のミシマ島から増槽を付けたP-38で行うはめになったことがひとつ。現地にとどまれる時間が短いために飛行隊を回転ドアのように次々に派遣せねばならず、飛行隊の消耗を招いていた。
第2に、上陸地点の選定にあった。日本海軍の戦意の高い陸戦隊の正面に上陸するのは下策であるとし、彼の当初の計画ではシーレイ岬の南30キロほど離れた湿地帯の海岸に上陸する予定であった。
理由は、ブーゲンビル島の島内は湿地や河川により陸上移動が困難を極め、その地点であれば日本海軍陸戦隊とブインの陸上部隊の行動範囲外であるからだ。
そして、その計画は決まりかけていた。しかし、思わぬところから横槍が入った。
オーストラリア軍の工兵隊から、かような場所では飛行場の設営は予定の1週間ではとても作れない。
その期限内に作るのであれば、日本海軍が土地改良を行い乾燥しているタロキナこそが適地であると申し入れをしてきたのだ。
それにマッカーサー元帥が飛びついた、これはサザーランド参謀長にとっては予想外のことで、彼の苦渋の原因となっていたが、今のところそれは杞憂に終わるかに見えていた。
部屋の奥、人だかりの中から通信部長のスペンサー・アキン少将がファイルを小脇に抱えてこちらへやってくるのが見えた。
「通信記録を元にした作戦進捗の要約が出来ました」
彼はにこやかに敬礼すると、ファイルを差し出した。
サザーランド参謀長も軽く返礼すると、ファイルを横手のコーヒーテーブルに置き、ファイルをめくり出した。
読むうちに、内容についての疑問点をアキン少将に問いただしていく、その口調は彼のいつもの部下に対する口調ではなく、くだけたものだった。二人は仲がよかった。
アキン少将も、横手のコーヒーサーバーからカップにコーヒーを注ぎ、飲みながら質問に答えていく。
やがて、質問が出尽くすとサザーランドはファイルをパタンと閉じ、ロッカーから彼の書類鞄を取り出すとファイルを入れた。
二人はしばらく、鞄を黙って見ていた。
「元帥に報告にいかれるのですか」
アキン少将の問いに、サザーランドは軽くうなづき、そろそろ頃合いだからねと応えた。
「ひとつだけ、書いていないことがあります」
アキン少将はサザーランド参謀長に向き直った。
「トラック諸島にある日本海軍の第4艦隊司令部が沈黙しています。これは攻撃を受けた担当エリアの司令部としては大変不自然なことです」
アキン少将は首をかしげると続けた。
「もちろん、完全に沈黙しているわけではありません、定時の通信はあります。が、それ以外のイレギュラーな送信がほとんどありません。このことを報告されるかどうかのご判断はお任せします」
それを聞いたサザーランドは、あごの下に手を当て考え込んだ。




