第4部 遠い島 第4章 海峡突破せよ
ソロモン諸島-マニング海峡 鍾馗部隊旗艦 日本海軍軽巡洋艦能代
1943年 12月19日 21:30
海も空も闇で塗り潰ぶされ、その境は全く見えなかった。
先ほどまでは薄くぼんやりと見えていたチョイセル、サンタイサベル両島の島影は、今では漆黒の障壁の向こうに消えてしまっている。
日本海軍軽巡洋艦『能代』の艦橋は、叩きつける雨によって、すでに徹底的に濡れぼそっていた。視界は最悪であり、今では海図とコンパスによる推測航法と、電測室から上がってくる指示だけが頼りであった。
後続の駆逐隊に『能代』の艦尾燈が見えているのか判らない、速度14ノット、相対距離500メートルという単純な単縦陣のためか、陣形は問題なく維持されていた。全艦に水上電探が配備されているとはいえ、熱帯特有の雨天で断続的にしか使用できないという悪条件下では驚異的な夜間航行術であった。
『能代』艦橋後方に増設されている電測室では、平面位置表示器(PPIスコープ)の前に座る電測員を挟んで、気象長の帆丸少尉と航海課の海図担当兵曹が両側から、その緑色にぼんやり光る画面をのぞき込んでいた。
外はうだるような高温多湿の世界であったが、ここだけは敏感な電気機器があるため冷房装置が機能している。
「気象長、方位40と330に高輝度反射、強度極めて大」
電測員が画面を指差し報告する。
「これだ、雨雲捕捉、層厚推定千近い、かなり濃い塊だ。航海、位置はどうなる」
帆丸は傍らの航海科の2等兵曹に尋ねた。
画版に海図を留め、秒時計を持った2等兵曹は海図に定規を当て計算していたが
「ちょうどチョイセル、サンタイサベル両島山頂を覆うように降っています」とこたえた。
「艦橋へ連絡する」
帆丸少尉は壁際の伝声管を開くと報告した。
「電測室気象班より艦橋へ、濃密な隠蔽用雨雲あり、行けます」
「艦橋より、了解、引き続き監視を続行せよ」
艦橋からの返事は直ぐに返ってきた。
後方へ向いた舷側灯を点燈させた『能代』は前進を続けた。
『崑3号作戦』を立案するにあたって、問題となったことが2つあった。
襲撃部隊がブーゲンビル島沖の敵船団を南方より襲撃するにあたり、その長距離機動の燃料をどうするか、さらにソロモン諸島の島々に潜む連合軍の監視員(コーストウオッチャ―)の眼をどう掻い潜るのかという難問であった。
一番目の解決策は、往路は給油艦をソロモン諸島手前まで付け、海上給油を行う事、帰路はニューブリテン島の東側海域まで出迎えの給油艦を出すこと、さらにドラム缶や一斗缶に燃料を入れ艦内の廊下や上甲板などを臨時の燃料貯蔵庫にするという解決策で切り抜ける。
二番目の解決策は、多雨地帯であることから、夜間に降るスコールを盾に、またはその下を潜り、速度を14ノットに抑えることで、艦首の波切による白波が出ず、エンジン音も周辺に響かない、この方法によってコーストウオッチャーの眼をのがれることができるのではないかという方法であった。
このため襲撃部隊は作戦海域の降雨についての気象予報と、実際の隠れ蓑となる雨雲を小改造を施した22号電探による探知で乗り切ろうとしていた。
ブーゲンビル島南岸沖 第77任務部隊旗艦 戦艦サウスダコタ
1943年 12月20日 01:00
既に艦隊は目標沖を3航過して西方へ舳先を向けていた。来るかもしれないと想定されている、日本海軍艦隊と相対するためである。
艦橋構造内にある司令部艦橋の分厚く重い装甲ハッチが開くと、眼に見える蒸れた空気と一緒に一団の士官達が泳ぐように出てきた、みな上着を脱いでシャツ1枚になっている。そのシャツが濡れて体に張り付いている、顔中の汗を大きな厚めのハンカチで拭っているが、そのハンカチそのものがずぶ濡れで、ほとんど役にたっていなかった。
今回の作戦は地上目標の掃射で、夜間のため航空脅威がなく、陸上の重砲もない密林地帯への制圧射撃であるので、通常の海戦時にみられる全ハッチ閉鎖などというソロモン諸島の気候では狂気じみた防御措置はとらなくても良いのでは。皆がそう思ってはいたが、上申をする司令部の高級士官は誰もいなかった。
陸上に対する掃射砲撃そのものはうまくいったと思われた。ただ、夜間で雨天のレーダー射撃、しかもオーストラリア工兵隊からの申し入れで弾種は榴弾を使用したのは最初の一撃のみ、あとは時限信管を取り付けた榴散弾仕様の砲撃になったことが危惧されていた。




