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南太平洋戦記-間に合った世界  作者: 鴨下英二
第4部 遠い島

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第4部 遠い島 第3章 オデッセイ

ソロモン諸島-サンタイザベル島北方 日本海軍軽巡洋艦能代

1943年 12月19日 15時30分


 

 最初の警報は珊瑚海で哨戒中の伊号潜水艦からのものだった。

次いで、複数の無線傍受施設でオーストラリア駐屯の爆撃機部隊に、大規模な動きがあるというトラフィック解析が出始めた。

 さらに規模の大きな輸送船団が珊瑚海を東進中との報告が入った。

 これを受けてトラック環礁にある日本海軍第4艦隊司令部は、兼ねてからの計画である『崑3号作戦』の発動を命令した。

 珊瑚海に偵察機を飛ばし確認すべきではないかという意見もあったが、期を失うという意見で行われなかった。


 右舷後方に離脱帰還していく給油艦速吸と高崎の艦影が遠ざかっていく。

眼の端でチラリとそれを見た後、帆丸少尉はウイングから艦橋内にある海図室へ戻った。

 日は高く、彼が予報したような雨雲の切れ端すら天に浮かんでいなかった。

海図室の隅、3人の気象班員がそこだけ間借りしている気象班の机で、ちょうど無線室から届いた気象報を元に天気図の更新作業をしていた。

 帆丸少尉率いるこの3人こそが戦隊の気象班であり、彼は艦内では気象長と呼ばれていた。

「気圧変化は時間的遅滞を含めて予測の範疇にあります。風は微風、降水量も想定内と判断します」

班員である横貫3等兵曹が、用箋挟に挟んだ諸元値表を差し出してきた。

 6時間ごとに記載された数値は、事前の予想と特に変りはなかった。特に一番危惧されていた熱帯低気圧の発生兆候は無いように見てとれた。ただ、帆丸少尉ら気象班の班員以外がそれを見たときに驚くのは、その降雨量であった。

 世界でも5本の指に入る多雨地帯、日中における断続的な豪雨。特に夜間や早朝は雷を伴うスコールに襲われる。このようなソロモン諸島の気象を予報しろとの命令を受けたときに、帆丸少尉は「受令はするが、技術的に不可能である」と意見具申をしていた。

 しかし、ツラギ島の海軍測候所が撤収するまで同所に勤務し、この地域の気候を肌で知っている気象士官はお前しかいないと言われては引き受けざるを得なかった。

 そして、戦隊気象士官に着任した帆丸が直面したのは、予測の基盤となるデータの欠乏であった、予報の元となるデータが、哨戒潜水艦と幾つかの島に残留している残置諜報員が定期的に送って来る簡易なデータしかないことがわかったのだ。

 帆丸少尉は、この時点で近代気象学に基づく「予報」を放棄した。

彼が選択したのは、統計と帰納による「予測」であった。

ツラギ島測候所時代の観測記録を基軸とし、過去にソロモン諸島を行き来した艦船の航泊日誌の気象データを抽出統合し、過去のデータから当該海域の気象を「推理」しようとしたのである。

 この難題に取り組んでいた帆丸少尉に二つの朗報がもたらされた。

 第1に、戦隊参謀から明かされた作戦目的、および要求される気象情報の性質であった。司令部が必要としているのは学術的な精密予報ではなく、作戦行動の可否を決する限定的な気象推移であって、予測の簡易化を成すことができた。

 第2に、電測科からもたらされた技術的意見である。二二号電探改六型に改造を施し、アンテナに俯仰角を与えて駆動させることで、雨雲を立体的な電波影像として捕捉できるという指摘であった。


 帆丸少尉が艦橋下にある司令官公室に入ると、その18畳程ある部屋には、既に司令官の木村昌福少将や参謀長、『能代』艦長など戦隊の幹部が揃っていた。

 戦闘航海中例に漏れず、皆無骨な金属製のテーブルを前にパイプ椅子に座っている。

 先ほど完成したばかりの天気図を参謀長に差し出すと報告を行った。

「気象班として、予測に変更はありません」

参謀長は視線を天気図から舷窓の外へと往復させ、念を押すように問いを重ねた。

「変化はないのだな」

「はい、変更はありません」

帆丸少尉の応えを受け、参謀長は木村司令官を見て頷いた。

「決まりだ、作戦は続行する」

木村が、ぼそりと言うと。2人の参謀が立ち上がり卓上にソロモン諸島全域の広域海図を広げ、新たに入った情報や、変更点を話始めた。

 帆丸少尉はその話を聞きながら、広げられた海図に書き込まれている作戦予定航路に惹きつけられていた。何度見てもその計画が内包するリスクには戦慄せざるを得ない。

 トラック環礁を出港ののち、サンタイザベル島西側のマニング海峡を強行突破、ソロモン諸島中央海峡を南北に横断、ガトカエ島 南方を通り、ベララベラ島南方で時間調整の後に、ブーゲンビル島の敵上陸地点と推定されるタロキナ沖に突入。敵船団を撃破した後はブーゲンビル島西方へ離脱、ブカ島西方で味方航空隊の援護下で補給艦から海上給油を受領、ニューブリテン島ラバウルへ退避する。

 全行程: 約2,000海里(約3,700km)超の水雷戦隊としては異例の一大遠征作戦であった。


水雷戦隊 旗艦:軽巡洋艦『能代』

 司令官:木村昌福少将(直卒)

 第8駆逐隊:朝潮、大潮、満潮、荒潮


 第15駆逐隊 旗艦:軽巡洋艦『神通』

 司令官:佐藤康夫大佐(艦長兼務)

 駆逐艦:親潮、黒潮、早潮、夏潮


 なお第4艦隊司令部では本作戦部隊の秘匿名称を『鍾馗部隊』としていた。

木村司令官の6尺1寸もある体格と、その髭面から名付けられたと言われている。



 

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