第4部 遠い島 第2章 パス・ファインダー
珊瑚海北部 高度6千フィート B-24リベレーター ネオ赤毛のミランダ号
1943年 12月18日 21時20分
手元の操縦ハンドルが淡い赤色灯と前面計器の夜光塗料の緑色で微かに見えている。
中継基地があるルイジアード諸島にあるミシマ島の野戦飛行場を飛び立った時は、外はまだ明るかった。
しかし、今では外は闇だ、俺は計器の針だけを頼りに操縦ハンドルを握り続けている。
いつもはおしゃべりな副パイロットのコービン伍長も、今夜ばかりは黙っている。
そう、俺たち赤毛のミランダ号の3人はブーゲンビル島への渡洋爆撃へ向っていた。
階級はそれぞれ上がった。俺は曹長、バーンズは軍曹、パパドプロスは伍長。
だが、昇進の実感より先に、任務の重さがのしかかる。
なにしろ今度の搭乗機は、夜間爆撃編隊のパス・ファインダー。
本隊の先鋒として適地に侵入し、目標上空で追随する本隊への目印として照明弾や焼夷弾を落とすのが役割だ。
命令を聞いた時には、俺が?何で?と疑問が浮かんだ。
だが、理由はすぐ耳に入った。ベテランがほとんど戦死か病院送り、特に士官パイロットの損耗が激しい。
編隊長だけが士官で、あとは下士官で埋めるしかない――そういう事情だ。
片肺で味方陣営まで帰り着いた俺の操縦が評価された、という話もあった。
ありがたいかというと、全くうれしくない。
ただ、下部銃座を外して取り付けられたH2X地表走査レーダーの観測員はベテランの中尉が当てられていた。
クルー内で一番年かさで丸顔のその中尉を初めて見たときに、俺はハイスクールの化学の教師を思い出した、テストで俺にD判定をだしたヤツだ。
その副パイロット席の後ろにあるオシロスコープ前に陣取っている中尉が、電波妨害が始まったと伝えてきた。
編隊先鋒の俺たちが乗るパス・ファインダー、そのさらに前を先行して飛んでいる電波妨害機がいる、その搭載するレーダー波受信アンテナが拾い上げたジャップのレーダー波が脅威度に達したということだ。
観測員の中尉は次々にスイッチを入れ、傍受状態に起動されていたH2Xを完全に作動させた。
見据えるオシロスコープの中にボヤけた緑色の輪郭が見える、素人目には何が見えているか全く判らないものを判別するのがヤツの仕事だ。
「電波妨害機より報告、ジャップが迎撃機を上げてきている」
バーンズが報告してきた。
「ジャップの管制から何か指示が出ている様子はあるか?」
「いや、まったく何もない」
機上レーダーが無いジャップの迎撃機は、レーダーの誘導が無いかぎり、俺たちを見つけることは皆無だ。
夜の空は、俺たちアメリカ陸軍航空隊が支配している。
航空チャートと時計を睨んだ俺は、今ブイン湾に入ったと宣言した。後はH2X、俺たちがミッキーと呼んでいる地表走査レーダーの仕事だ。
北西方向で空が明るみ、爆発音が連続して聞こえ、夜空に連続して閃光が走り、サーチライトの光芒がゆれる。
大型機専用のモボイ飛行場へ向かった連中が迎撃を受けている。
俺たちの目標はカヒリ飛行場、戦闘機主力の最重要拠点飛行場だ。
「海岸線を確認」
中尉は、ミッキーを微調整しつつ伝えてくる。
「モイスル湾を確認」
「モリコ川が見えない、急速に積乱雲が出てきている、高度を4000フィートに下げてくれ」
「了解、高度4000フィートへ下げる」
俺は操縦ハンドルを押しさげつつ、実は冷や汗をかいている。この高度だと高射砲はもちろん、対空機銃も届くからだ。
前方を光の束が空を薙いでいる、ジャップのサーチライトだ。
「モリコ川を確認、針路左へ4度」
「了解、左へ4度」
「針路そのまま、目標まで3マイル」
俺は爆撃手に、操縦はまかせたと伝えたときに左上方で日本軍の高射砲弾が炸裂した。
次いで日本軍の対空機銃の赤い曳光弾がバラバラと撃ち上がってくるのが見える。
「おう、パーティーの始まりだ!」
俺は低く呟いたつもりだが、声にビブラートがかかっちまった。
ここからは機首にいる爆撃手のノルデン式爆撃照準器が機体の操縦を行う。つまり目標の滑走路までは何があろうとも直進することとなる。俺がブルッちまうのが判るだろう。
機体の周囲で、デカいポップコーンが弾けるような衝撃波、その中を赤いアイスキャンデイ―が次々に登って来る。
そう、ここは地獄の遊園地、入場料は俺たちの命、そんなところだ。




