第3部 前夜 第6章 髭のショーフク
トラック環礁内 帝国海軍艦隊随伴型高速給油艦『早吸』
1943年 12月1日 11:10
索投擲銃の撃発音が響く。投射体が放物線を描き、並走する『荒潮』の上甲板を越えていく。
『荒潮』の甲板上。配置についていた水兵たちが、わらわらと駆け寄り投げ込まれた索を確保する。投げ込まれたのは導索だ。続いて、給油管展張用のワイヤーが海面を滑り、巻き上げられていく。
『早吸』のスプリングとゴムを内蔵した緩緊装置を展張されたワイヤーが引っぱると、給油ホースがワイヤーに沿って艦間を渡る。
『荒潮』艦上では、一等兵曹の号令の下、多数の水兵がワイヤー端の索を係船柱に絡め、送り出したり、引き寄せをたり微調整を行っている。距離の維持と、ホースのたわみの管理。補給という、機械と人間が海上で織りなす極めて繊細な作業がそこにはあった。
やがて、給油ホースが回収される。ワイヤーと導索が分離、巻き取られる。
『早吸』露天艦橋の少尉が、ストップウォッチの竜頭を叩いた。
「前回より、若干の短縮です」
横で給油作業を検分していた少将に、少尉が報告する。
少将は短く頷くと
「悪くない。続行しよう」
少将の視線は艦尾へと移る。次の給油訓練を行う『満潮』が、距離を詰めつつあった。
「明日は両舷作業といこう。艦長にそう伝えておいてくれ」
木村昌福少将は、鼻の下に据えられた大きな口髭を震わせ、そう言った。
臨時編成された「襲撃部隊」の指揮官、木村昌福少将が夏島の海軍病院を退院したのは、わずか一カ月前のことである。
口の悪い兵たちの間では、病室で宴会を強行した果てに追い出されたのだという噂がまことしやかに流れていたが、それは彼が大酒のみであり、部下に慕われていたゆえの諧謔であった。
だが、その奔放な風評とは裏腹に、彼が刻んできた戦歴は文字通り苛烈そのもので。
前年のニューカレドニア侵攻作戦において、木村は第二航空艦隊の直衛を担う第三水雷戦隊を率いていた。当時の第二航空艦隊は、闘将山口多聞中将に率いられ、日本海軍において最も攻撃的な、言い換えれば「退く」という選択肢を持たない集団であった。装甲空母『大鳳』型2隻を筆頭に、『翔鶴』型、『隼鷹』型を各2隻揃えたその陣容は、当時の帝国海軍が誇りうる最強の打撃力といえた。
木村は、突出して前進攻撃を繰り返すこの艦隊の盾となり、猛烈な防空戦を展開した。結果としてヌーメアの根拠地機能は粉砕され、敵空母2隻を含む多数の米艦艇を撃沈破したものの、代償はあまりに大きかった。山口中将とともに、宝石のように貴重な『大鳳』型空母2隻が、失われてしまったのだ。
続くガダルカナル沖包囲殲滅戦においても、木村は残存した第二航空艦隊の直衛指揮官として再び海域に投入された。
この戦いで、彼は自らの乗艦である重巡『穂高』を、空母『飛鷹』へ迫る魚雷の射線に割り込ませるという挙に出た。幸いにも魚雷は不発であったが、それは木村の指揮官としての在り方を如実に表すものであった。
戦争そのものは、第一航空艦隊との協同によって米艦艇群を四方から圧殺するという理想的な展開を見せた。しかし、勝利を決定づける最終局面の夜間掃討戦において、運命が彼を捉えた。敵艦の放った砲弾が『穂高』の艦橋後部に命中し、木村は左足と背中に弾片を受け、意識を失ったのである。
ショートランド諸島 ショートランド島オルアニ高地 電波監視哨
1943年 11月26日 15:30
ショートランド島の南東部から中央寄り、なだらかな山地の中にあって、そこだけやや平らなオルアニ高地がある。標高は200メートルを下回る位ではあるが、ソロモン諸島のいわゆる『スロット』と呼ばれる狭い海域を一望できる要衝でもある。
この樹高が30メートル以上もある大密林地帯に、日本陸軍は電波傍受方位測定用のH型空中線を設置していた。
主林冠、上空から見た緑の屋根を成すカヌアリやローズウッドの中にある、突出木のラワンを選びその50メートル近くある木肌に絶縁を施し浮かして設置されたアドコックアンテナは、遠目には全くく目立たたなかった。
さらに、日本陸軍らしい芸術的な園芸迷彩技術を使い5本の巨木でうまく全周を監視できるように刈込が行われていた。
収集された電波情報は、巨木の横の櫓上に置かれた受信所を通り、有線で島の反対側にある送信所に送られ、特三号多重通信機のセンチ波でブーゲンビル島のブインへ送られる仕組みとなっていた。
この方位測定用の電波監視哨は、フォーロ島にもあり、ブインの主施設と連携して三角測量の応用でソロモン諸島付近の連合軍の動きを探る耳となっていた。
ショートランド島の熱帯の密林というものは、およそ文明人が生存するための世界ではない。
湿度は飽和点を超え、粘りつく大気は肺胞を容赦なく蹂躑する。その緑の地獄の中で、大貫一等兵は孤独な戦いを続けていた。
彼の武器は三八式歩兵銃ではない。
手に握られているのは、被覆が劣化した通信線と、ひび割れたゴムで絶縁処置を施された接続端子である。
送信所へと繋がるこの有線回路は、島中央部を超えて這う、南方軍の聴覚神経そのものであった。しかし、この神経系はあまりに脆い。
スコールのたびに漏電し、密林の湿気が信号を減衰させる。
「これではもう、ただの針金だ」
大貫は、自作の絶縁材——少々の油を染み込ませた布切れと、現地で調達した樹脂を組み合わせたもの——を導線に巻き付ける。
教科書通りの教範が役に立たないのは、この戦場の常だ。彼は泥にまみれた手で、見えない電子の奔流が途絶えぬよう、祈りにも似た手つきで回路を補強していく。
彼が懸命に補修をおこない始めてから小一時間立った頃、彼の背中に、低く重い金属音が大気を震わせた。
プラット・アンド・ホイットニー R-1830。その独特の排気音を、大貫の耳は正確に識別した。
「来たか」
大貫は指先を止め、周囲のシダ植物と同化するように身を潜めた。
見上げる視線の先、切り取られた緑の隙間を、一機の双発機が滑るように通過していく。
おそらく偵察用に改装された米陸軍のロッキードP38ライトニングか。その翼は、南方の強烈な陽光を反射し、不吉なほどに輝いていた。
大貫は、機影が消え、その音が全く聞こえなくなるまで動かなかった。
直近一週間の偵察頻度が、体感で 以前の三倍。
飛行ルートが沿岸部を舐めるような低空飛行。
「また、でかいのが来るな」
彼は小さく呟いた。
以前に、このような頻繁な偵察があったのは、ソロモン諸島の東外れで海軍が大海戦をしたときの事だった。
それでも、大貫は再び、通信線の補修を再開した。
この細い線が死ねば、南太平洋の日本軍は文字通り聴覚を失い、沈黙の中で圧殺されることになる。
不安を押し殺す唯一の手段は、目の前の絶縁端子を、一分一秒でも長く持たせることだけであった。




