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南太平洋戦記-間に合った世界  作者: 鴨下英二
第3部 前夜

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第3部 前夜 第4章 ソロモントレード

ブーゲンビル島沖 日本海軍舞鶴第4特別陸戦隊所属大発

1943年11月14日 1:30


 南半球の星空は、感傷に浸るにはいささか贅沢に過ぎた。

 北丹二等水兵は、内地の親へ宛てる軍事郵便の文面を反芻していた。――こちらの星は、驚くほどに綺麗です。

 だが、実際に彼の網膜が捉えているのは、不規則な円運動を繰り返す光の運動でしかなかった。


 彼は大発動艇の船首付近で麻袋を数枚敷き詰めて寝転んでいたが、この「平底の鉄の箱」という乗り物は、およそ人間を乗せて走るようには設計されていない。波を叩くたびに内臓を揺さぶるような震動が走り、視界の星々は無惨にぶれ、かき消された。

 本来、北丹の予定表にこの航海は存在しなかった。

 彼が担当していた工区の設営工事は、ほぼ完遂の域に達していたからだ。本来なら、内陸側の退避道路構築という、楽な作業に回されるはずだった。

 しかし、人手が足りぬという、およそ合理的とは言い難い一言によって、彼は二人の同僚とともにこの揺れる鉄板の上へと放り込まれた。

 船尾のエンジン付近、操舵台の手前には、この業務に特化した先任兵たちが陣取っていた。

 その数、五名。

 いずれもが、いわゆる独特の雰囲気を醸し出し、眼付がするどく近寄りがたい雰囲気がする。

 さわらぬ神に祟り無しの、いわゆる神様分隊であった。

 彼らがこの深夜の航走に駆り出されているという事実だけで、この任務が単なる資材運搬ではないことを、北丹の勘が告げていた。


 船足が鈍り、ディーゼルエンジンの重低音が心許ない残響へと変わる。

 唐突に、操舵台付近で赤色灯が明滅を開始した。一定の法則で点滅を繰り返すその光は、まちがいなく一種の符牒であった。

上体を起こした北丹の視界に飛び込んできたのは、未知の島のシルエット、そしてその湾奥から正確な周期で返される赤色の光芒だ。

 大発は、再びその重い腰を上げるかのように、闇の深淵へと微速前進を開始する。

やがて、夜の帳を裂いて出現したのは、北丹がかって新兵教育の識別表で見知った、合衆国海軍のLCM(機動揚陸艇)であった。

舷側からは、漆黒の肌をもつ現地人の顔がいくつか覗いている。

 北丹が喉の奥で驚愕するより早く、操舵台の舵輪を握る一等兵曹が口を開いた。

 彼の唇から放たれたのは、日本語ではない別の言語であった。


 LCMからも何か返答するする声があがり。

 大発はエンジンを切ると、惰性でうまくLCMの真横に滑り込む、LCMの舷側には既にロープで吊るした緩衝材の角材が設置されている。双方でもやい綱が手際よく結ばれ、二枚の渡し板がその間に架け橋を築く。

 その板の上を、無骨な木箱が次々と流れてきた。

北丹二等水兵は、木箱の紐を力の限り引き寄せ、手元に届くそばから下へと降ろし続けた。

全身が汗にまみれるが、作業の手を緩めることは許されない。箱は絶え間なく送り込まれてくる。

 ふと、箱の流れが途切れた。

そのわずかな隙に北丹が後ろを振り返ると、減光灯の薄暗い光の下で、二つの箱が既に開封されていた。

一つには、黒い鉄塊のようなブローニング重機関銃。もう一つには、その弾薬と思える弾丸が見えた。


 最後の木箱が収容されると、北丹たちは船体の重心を適正化すべく、箱の再配置に追われた。船体を傾かせないための、単調な積み替え作業が続く。

 先任兵たちは数個の箱を抉じ開け、その内容物を検分していた。やがて、その中の一人が操舵台に向けて手を上げた。

 それを確認した一等兵曹は、LCMへ向けて短い言葉を投げると、手元にあった小型の布袋を放った。

 LCMの現地人の一人がそれを空中で受け止め、中身を引きずり出す。他の者が持つ赤色灯の下で、彼らは慣れた手つきで紙片を数え始めた。

 それは、この地域の一部で流通している、オーストラリア・ポンド紙幣の束であった。



ブーゲンビル島 タロキナ海岸

1943年 11月16日 5:45


南国の夏の早い日差しの中。

大発のランプドアから海岸に木箱を運び上げるのは、文字通り試練というほかない。

なにしろ鋼鉄製の重機関銃と12.7ミリ弾の詰まった木箱だ、肩に担ぎ、二人がかり運ぶが背骨が悲鳴をあげる。 

 先任兵が急に荷を置いて駆けだした。

見ると、こちらへ歩いてくる源司令官の姿があった。

 先任兵は敬礼をすると、何やら報告を行っている。小腰をかがめて報告するその姿はとても軍人には見えない。

 北丹二水は、予備燃料の一斗缶を運び出すと、木箱の横にへたりこんだ。

熱気に喘いでいると、目の前に司令の元へ行かなかった先任兵が、木箱にチョークで印付けしながら廻ってきた。慌てて立ち上がり、思わず聞いてしまった。

「これは、大丈夫なのでありますか?」

その先任兵は北丹をジロリと睨むと、これを見て見ろといい蓋が外れている木箱を開けた。

 その指先は、油脂に塗れた重機関銃の受筒レシーバー左側面を指していた。そこにあるべき刻印はヤスリできれいに削りとられ、ただ平滑な金属光沢のみを晒していた。

「刻印はすべて削り取る、それが約束だ。『おつとめ』はきっちりやらないとな」

そいうとニヤリと笑った。


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