第2部 マッカーサー・キャンペーン 第5章 新しい翼
オーストラリア タウンズヒル近郊ガ―バット飛行場
1943年11月13日 12:00
未舗装の埃だらけの道を何マイルもウイリスジープに揺られて、ここがそうだと営門の前で放り出された。
いけすかないオーストラリア人の上等兵は、厄介払いができたとばかり砂埃を盛大に巻き上げて去っていく。くそったれのオージー野郎とは別れられて、こっちも済々だ。
同僚のバーンズとパパドプロスも同じ思いらしくムスッとしている。
営門の衛兵に転属命令書(S.O.)を見せて、どこへ出頭するのかと尋ねると、あそこだと指された建物はたっぷり500ヤードは離れている。
俺たち、マイク・ガーフィールド軍曹とバーンズ伍長、パパドプロス上等兵は赤茶けただだっ広い基地の中を大きなダッフルバックを背負ってとぼとぼと歩き出した。
赤毛のミランダ号の中で生きて戻れたのはこの3人だけ、そのミランダ号も
味方の哨戒艇の近くに着水した後、直ぐに沈んじまった。
基地へ戻ると、簡単な戦闘報告と事故聴取のあと休暇がもらえた。
休暇と言われても、何もする気が起きなかった、3人とも兵舎の前のデッキチェアで毎日ぼーっと空を見ていた。
しかし、その4日後俺たちはオーストラリアへ行くように命令され、今こうして赤土の上を歩いている。
基地の背後に花崗岩の岩山がある以外は見渡す限りだだっ広い赤い土が広がっている。ああ、お察しの通りクソッタレのためのクソッタレ基地の典型だ。
着任手続きを終えると、早速今日から新しい機体の習熟訓練を行うと言われた。
荷解きもそこそこに俺たちが連れていかれたのは、駐機場にズラリと並んだB-24リベレーターの列だ。どの機体も真新しく工場から今出荷されたままのように見えた。
現れたのは、いかつい大男の曹長で、頬に引きつった火傷の跡がある。
マンガの絵が入ったマニュアルを俺たちに押し付けると、機内へ入れと言う。
操縦席を見せながら、南部訛りでこれに注意しろ、そこが肝だと説明を受けた。
操縦桿が重いから注意しろと言われたことは理解できた。
「まぁ、おめーらマローダー乗りなら直ぐに慣れるさぁー」
マニュアルをよく読んどけと言って出ていこうとしたが、立ち止まって振り返り、一つだけ、こいつは能力は高いが撃たれ弱い、撃たれないようにしろ、と言い残し去っていった。
俺たち3人は顔を見合わせ、こいつは貧乏くじと言われるやつなのかと言ってると、後ろから声がかかった。
「サー、もしかしてポートモレスビーから来られた軍曹殿でありますか」
振り返ると4人の飛行服姿が立っていた。
まだ若い、俺には見た感じハイスクールの生徒に見えた。
そうだ、と応えると、彼らはビシッと敬礼をし
「自分らは、軍曹殿の機体に乗る予定の乗員であります」
と名乗ってきた。
もう、飛んでいるのか?と聞くと、はい、毎日飛んでおりますと答えるので。
「ちょうどいい、おい教えてくれ。今飛べる機体はあるか?」
あちらです、という彼らについて行った。
乗機は、1週間前に本土からハワイ経由でフェリーされてきた真新しい機体だそうで、飛行前チェックを機体廻りで副パイロットと行っていると
「これは皆と話していたことなのですが、俺たちは運がいい、歴戦のパイロットの機体の乗員になれるのだから」と言ってくる。
それを聞いて、俺は手を止めた。
いや、その言葉は前に俺がロビンソン中尉の機体に転属した時に言った言葉だ、なるほどそういう事か。俺は合点がいった。




