第2部 マッカーサー・キャンペーン 第4章 損害検証
ニューブリテン島 ラバウル近郊ヴナカナウ(ラバウル西)飛行場
1943年 11月5日 8:30
ラバウル西飛行場はラバウル近郊で最も規模が大きく、高地にあるので比較的すごし易い。
この地に帝国陸海軍共同の航空廠ができたのは必然であった。
ラバウルは、激戦が続くニューギニア、南部ニューブリテン島、ブーゲンビル島の扇の要の位置にある。前線で損耗した部隊はラバウルへ後退し、予備機の補充や損傷機の修理を行い、新人パイロットの最終錬成を行い、再び前線へ復帰する。そのような重要拠点であった。
この航空廠は重整備や修理のために軍需省が直接に当時最新の工作機械を持ち込み、工員900人が3交代で24時間勤務をしていた。運び込まれた工作機械は戦前に海外のメーカーから中島知久平が合法、非合法を問わず集めていたものの一部で、本土の工場でもめったに見ないものが揃っていた。
その立派な工廠は、飛行場に面して昨日までは建っていた。
今、そこは焼け落ちた残骸と、くすぶっている何かの固まりになっている。
あたりには木材、金属、オイル、その他の燃えた匂いが混合されて猛烈な臭気が漂っている。
「再建できるかね?」
海軍士官の防暑服を着た一人が尋ねた。
「ここにあった機械だけで、工員の俸給20年分以上ですよ」
工廠の技手らしい開襟シャツの男が答えた。
「当分は洞窟陣地に疎開してある旧式のやつでがまんしてもらわないと」
「どれくらいになる?あー、修理の速度だけでいい」
男はしばらく考えていたが、ざっと4分の1かなと答えた。
トラック環礁 春島 帝国陸海軍航空作戦連絡所
1943年 11月6日 13:45
中央作戦連絡所の一角で、トラック環礁に在地している陸海部隊の情報参謀や作戦課員が、そこだけ明るい照明が点いている机を囲んでいる。
皆無言で机上を見つめている。
机の上には今日、第2航空艦隊から届いた写真フィルムを現像した写真が並んでいる。それは、昨日第2航空艦隊の誘導機彩雲がニューブリテン島北東で撮影したアメリカ空母の艦影が写っていた。
その写真には、誰もが知っている艦形、レキシントン級とヨークタウン級の空母の姿が印画されていた。
「これはどうしたことだ、我々が今まで想定していたことが間違っていたということか」
海軍の首席参謀が呻いた。それに対して誰も答えることができなかった。
現実を突きつけられて、第4艦隊と陸軍南海方面軍首脳部の自信が音を立てて崩れた瞬間であった。
「皆早急に見直してほしい、細かい数字も含めて」
首席参謀は、集まっている皆を見廻して言い含めた。
集まっていた人々は急速に散っていった。
海軍の首席参謀は、散っていく人の中から一人の陸軍参謀を呼び止めた。
「八原君、少し時間をくれるか」
「ええ、かまいませんよ」
首席参謀は、八原参謀を部屋の隅に連れて行った。
そこには、数時間前まで議論の対象となっていた、色褪せた海図が広げられていた。
「率直に言おう、今のラバウルは機能不全だ。一ヶ月後、南方の制空権が完全に消滅するとは言わないが、実質的な死に体になる」
「同感ですな。海軍が空母戦力を注ぎ込んだところで、稼げる時間はプラス一ヶ月が関の山でしょう」
「アメリカは、帝国のこの空白を見逃さない。彼らは必ず、こちらの予想より早くやってくる」
八原参謀は何も言わず、ただ頷いた。
「そこでだ、八原君。君に迎撃計画を立ててもらいたい。地域は第十七軍、南東方面艦隊、第十八軍、ブーゲンビルの第十七軍。つまり、南太平洋全域だ。予備兵力を差配できるのは、今や我々しかいない」
八原は、微かに眉を動かした。
「……壮大ですな。ですが、私は陸軍です。海軍については疎い」
「海軍の課員から、使えそうなのを引っこ抜け。あと、これは統帥レベルで越権になる可能性があるから、あくまで現場レベルでの調整という事で押し通してほしい。想定状況はまかせる」
首席参謀の言葉に、八原は静かに笑った。それは、崩壊しつつある帝国という名の盤面を、無理やり繋ぎ合わせようとする男たちの、共謀の合図だった。
陸大の教官でくすぶっていた彼を引きぬいた現陸軍司令官や、この首席参謀のように、正当な評価という報酬を差し出す者に対し、それに見合うだけの仕事を行う。
八原博通とは、そのような男であった。




