第44話 トトという黒魔導士について⑧
「ギャ、グ、アぁ……ク、クるな」
光の雨に打たれ、灰毛のコボルトは息を荒くしていた。そして、苦し紛れのように上級の風魔法をやみくもに放った。
「マ、マもレ! ハやく、コい!」
幾枚もの風の刃が迫り来る中、俺は出来るだけ真っ直ぐに走り続けた。光の雨によって灰毛のコボルトの魔法は弱まっていたし、周囲のコボルトナイトが集まって来るほうが後々面倒だと考えた。
「イヨ君、右側から二体、左側からも三体来てるよ」
灰毛のコボルトの声に反応しているのか、やはりコボルトナイトが行く手を遮ってくる。しかし、そのコボルトナイトも光の雨によって動きが鈍くなっていた。
「問題無いです」
俺は攻撃力向上の魔法と攻撃力向上のスキルを発動させた。そして、風魔法と共に破滅の剣を横薙ぎに払う。
「ギャ、」
と、短い断末魔と共に二つのコボルトナイトの体が地面に倒れ込んだ。
「残り三体」
視線を左側に滑らせると、長剣を持ったコボルトナイトが低い唸り声を上げながら頭上高く刃を振り上げていた。
迫り来る刃を剣で受け止め、風魔法で押し返す。しかし、弾き飛ばしたコボルトナイトの影から別の刃が伸びてくる。
「風の盾」
風の盾で刃の軌道を僅かに逸らし、更に前に出た。鋭く突き出された刃の刀身に自分の顔が映っている。
俺は即座に風の盾を槍に作り替え、目の前の二体のコボルトナイトへ放った。
「風の槍」
「ギャ、ギャア、グググ」
「しルフ・ラんす」
二体のコボルトナイトの断末魔に混じって、前方から強い魔力の反応があった。
「イヨ君、そのまま走って」
防御魔法を唱えようとした時、ネコさんの声が頭の中に響いた。
「わかりました」
俺は詠唱を止め、再び駆け出した。前を見ると、灰毛のコボルトが足を止めてこちらに向かって何事かを呟いていた。
「オ、オワ、オわリダ。ア、アァ、オわリ」
灰毛のコボルトの足元には見た事も無い巨大な魔法陣が浮かび上がっていた。その魔法陣は次第に収縮していき、やがて灰毛のコボルトの足元に収まっていった。
その魔法を止めようと、俺はあらゆる移動スキルを発動させて灰毛のコボルトに迫った。しかし、
「グア、ゴ、ロ、ろあ・うぃどウ」
残っていたコボルトナイトの一体が行く手を遮る。
「邪魔だ」
勢いのままに剣を振り下ろすが、一撃では仕留め切れない。俺はすぐに中級の風魔法を唱え、コボルトナイトの腹部へ放つ。
「き、きエろ」
その声が聞こえた途端、辺りの風が一斉に流れを変えた。
浜辺に押し寄せていた波がすうっと引いて行くように、採掘場内のあらゆる風が灰毛のコボルトへ集まっていく。
「ネコさん、どうします」
足を止めずに呟いた。灰毛のコボルトまでの距離はおよそ五十メートルほどだろう。相打ち覚悟でなら灰毛のコボルトの魔法を止められるかもしれない。
「そのまま突っ込んでいいよ。私が守るから」
その言葉を聞き、俺は踏み込む足を強めた。破滅の剣を強く握りしめ、防御魔法と防御スキルを停止し、攻撃魔法と攻撃スキルを発動させる。
目の前には赤黒く漂う無数の風の槍が見えた。その穂先はもれなく全て俺の方へ向けられている。
「トンッ」
と、灰毛のコボルトが足を鳴らしながら弾むような声で言った。
それを合図に数百本の槍が一直線に襲い掛かって来る。
「イヨ君、真っ直ぐに走って!」
「わかりました、真っ直ぐですね」
言われた通り、風の槍に対して真正面を向いて走り続けた。
風の槍は俺の眼前で次々に掻き消されていった。良く見れば、風の槍の一本一本が小さな魔法陣によって抑え込められ、打ち消され、崩されているようだった。
「トンッ、トンッ、トントントントン!」
ムキになったのか、灰毛のコボルトは地団駄を踏むように地面を打ち鳴らす。その音に合わせて風の槍の数は増えていった。しかし、ネコさんの魔法もそれに食らいついていた。
「トントントントン! トンッ! トンッ! ドンッ!」
「イヨ君、決めちゃって」
灰毛のコボルトの声が大きくなっていく中、ネコさんの静かな声が耳の中に響いた。
「はい」
俺は大きく息を吐いてから、破滅の剣を振り上げた。そして、赤黒い槍の雨が降りしきる中、灰毛のコボルトの肩口を目がけて渾身の一撃を振り下ろした。
「ギャ、ギャアアア、ググググゥ」
灰毛のコボルトの断末魔が採掘場内に響き渡る。この細く小さな体のどこからそんな声が出ているのかと思う程に、その断末魔は凄まじかった。
「ふぅー、お疲れー、イヨ君」
「お疲れ様です。さっきの魔法はちょっとヒヤッとしましたね」
ネコさんの声に振り返って答えた。
「……ネコさん、大丈夫ですか?」
「ん? うん、大丈夫だよ。ちょっと疲れただけ。それより、早くあっちを片付けないとね。トトちゃん達が心配だ」
ネコさんは肩で息をしながら答えていた。頭上に浮かんでいた輪っかも、背中ではためいていた翼もいつの間にか姿を消している。表情ではあまり読み取れないが、体力も魔力も随分と消耗しているに違いなかった。
「クエストの完了を確認してからあっちの助太刀に行こうか」
「そうですね。ミツメのやつ、結構苦戦してるみたいですし」
俺が意地悪く言うと、ネコさんは小さく笑ってから鑑定の魔法を唱え始めた。
白い魔法陣が灰毛のコボルトの体を覆い、そこから魔法文字が一文字ずつ浮かび上がってくる。
「さてさて、私とイヨ君が倒したコボルトロードはどのくらい強かったのかな」
得意げに魔法文字のいくつかに手を触れたネコさんは急に顔をしかめた。
「ねぇ、イヨ君、このダンジョンを作った人は、相当意地が悪いみたいだよ」




