第43話 トトという黒魔導士について⑦
雷鳴にも似た轟音と共に、赤い魔力の奔流が俺たち六人を飲み込んだ。視界が一瞬にして赤く染まり、凄まじい衝撃が全身を貫く。
俺が咄嗟に取った行動は、簡易的な風魔法でのせめてもの防御行動と、偶然近くにいたトトという白魔導士を守る行動だった。
「あ、ありがとう。イヨ君」
トトの状態を確認してからネコさんの姿を探した。ネコさんは俺たちを守る為に最前に立って今の攻撃魔法を受け止めていたはずだ。
「大丈夫ですか、ネコさん」
砂煙の中にネコさんの背中を見つけた。
「ミツメ君、レイオンさん、もちろんいけるよね?」
ネコさんの背中が低く言った。
「いけますよ」
「こ、こっちも大丈夫です。なんとか」
ネコさんの言葉に答える声が、右から左から聞こえてくる。
「あ、私も大丈夫です」
少し離れたところでトッドさんも手斧を掲げていた。
「それじゃあ、みんな。反撃といこうか。今のはちょっとムカついたからね。ド派手にいこうよ」
ネコさんの横顔を覗き込むと、右側の瞼がピクピクと痙攣していた。それはネコさんがひどく怒った時に見られる生理現象の一つだった。
「イヨ君と私であいつを倒すから、あとのザコは任せたよ」
ネコさんは目の前の暗闇を睨め付けて言った。恐らくネコさんには先程の攻撃魔法を放った敵の姿が見えているのだろう。
「も、もう、こうなったら、やるしかなさそうですね」
今の衝撃で穴の中に潜んでいたコボルトナイトの多くが戦闘態勢に入ったようだった。暗闇の至るところから不気味な物音が聞こえてくる。
「レイオンさん、ミツメくん、お願い」
「わ、わかりました。獣の炎」
レイオンさんの上級炎魔法を合図に採掘場の時は再び動き出した。
ネコさんの聖魔法が六人を包み込み、ミツメの闇魔法が壁面の穴を一つずつ潰していく。それと同時に、再びどこかの暗闇で赤い光が蠢いた。
「イヨ君、あそこ」
ネコさんの言葉が向けられた方へ視線をやると、そこに小さな光の魔力体が踊っていた。その魔力体の微かな光に照らし出され、小柄なコボルトの姿も見える。
「さっきの攻撃はあいつだよ」
「わかりました」
短く答え、足元に風魔法を唱えた。地面に放った風魔法の反動は前方向への推進力に変わる。俺はその初速を保ったまま、剣を構えた。
「……アぁ、ア、こワい」
レイオンさんの獣の炎を掻い潜りながら小柄なコボルトに近付いた時、再び獣のような不気味な声が聞こえた。
「ギャ、グググィ、ゴォ」
俺の剣撃は突如として現れた二体のコボルトナイトの長剣とハンマーによって受け止められた。そしてその時、その二体のコボルトナイトの背中で小さな笑みを浮かべる小柄なコボルトの姿をはっきりと目にした。
そいつは異様な姿をしたコボルトだった。一見すれば人間と見紛う容貌だった。しかし、口元に見え隠れする鋭い牙と黒いローブから伸びた獣の四肢が、人ならざる存在であることを強く示していた。
「ネコさん、もしかしてこいつじゃないですか。コボルトロード」
上級風魔法を唱え、目の前で牙を剝く二体のコボルトナイトを弾き飛ばした。
この異様なコボルトがボスであるならば、もう魔力の残量を考えながら戦う必要もない。俺は敵との距離を保ちつつ、ネコさんの指示を待つことにした。
「他のコボルトが守ってたし、そうかもね。毛色も依頼書通りの灰色だし」
ネコさんの返事は上級光魔法と共に返って来た。
上空から光の雨粒がぽつぽつと降り注ぎ、その雨粒が光の波紋となって広がっていった。そして、雨脚は次第に強くなっていき、光の雨粒が辺りを覆い尽くす。
「ギャ、ギャギャ、グググ、や、メ、ヤめろ」
その魔法は上級光魔法の中でも特に強い部類のものだった。消費する魔力も非常に多く、一日に何度も使える魔法ではない。
「イヨ君、プランAで行こうか」
「プランAですね、わかりました」
『プランA』などと言う作戦に聞き覚えはなかったが、とにかく頷いておいた。恐らく『全力で』とか『ガンガンいこうぜ』とかそんな作戦なのだろう。
「オープン」
俺は呼び出し式のマジックバッグを使用し、今まで使っていた長剣をそこに放り込んだ。そして、宙に口を開けたままのその異空間に手を突っ込み、そこから一振りの長剣を取り出した。
「クローズ」
その長剣は『破滅の剣』と呼ばれるアイテムだった。俺の持っている武器の中では最も攻撃力が高く、最も短期決戦に向いていると言える武器の一つだ。
「それじゃ、行きます」
光の雨が降りしきる中、俺は再び駆け出した。




