第42話 トトという黒魔導士について⑥
「なんだか、やけに広い場所に出ましたね」
蟻の巣状に広がっていた狭い坑道を抜けると、巨大な採掘場に出た。
足元には朽ち果てたレールや横倒しになったトロッコが点々と残されており、壁面には無数の採掘跡が刻まれていた。ふと頭上を見上げてみると、天井らしきところには濃密な暗闇が隙間なく埋め尽くされているようだった。
「あー、多分、ここでしょうね」
誰ともなく口を開いた。
「みんな固まっててね。すぐに支援魔法を掛けるから」
示し合わせたように全員が戦闘準備を始めていた。俺とトッドさんは回復ポーションを取り出し、ミツメとネコさんは戦闘用の魔法を唱え始めた。レイオンさんは上級魔法の詠唱を始め、トトはみんなより少し遅れて防御魔法を唱え始めていた。
「なにかイベントが発生するのかな?」
地下ダンジョンの最深部に用意された巨大な空間。
それは多くのゲームでそうであるように、この先で何らかのイベント、あるいはボス戦が待ち受けていることを予感させる造りだった。
「もう少し進んでみようか。イヨ君、先頭をお願い」
ネコさんに言われ、俺は採掘場の中央へと慎重に歩を進める。
「トッドさん、ミツメ君、ポーションは足りてる? 少し渡しておこうか?」
「いや、大丈夫です」
よく見れば採掘場の壁面には無数の出入り口が点在していた。鉱石を運び出すための搬出路なのだろうか、しかし、それにしては数が多い気がした。
「ネコさん、壁に空いてる穴、ちょっと気になりませんか?」
「あー、たしかに。調べてみようか」
ネコさんは全体を止め、索敵魔法を唱えた。その魔法は蛍のような小さな光の魔力体を無数に生成し、周囲を探索させる魔法だった。
「ほーれ、いっておいでー」
ネコさんの体から生成された魔力体はふよふよと壁面へ飛んで行くと、穴の一つ一つを照らし始めた。
「おー、さすがイヨ君だ。レイオンさん、今から私が指示した場所に一番強い火属性魔法をお願いできますか?」
少しして、ネコさんが言った。
「え、あ、はい。えーっと、火属性の一番強いやつ、獣の炎で大丈夫ですか?」
「ええ、もちろん。私が合図を出したらお願いします」
笑顔で頷いたネコさんは壁面を指差す。
「あそこの穴と、あっちの穴、二つ同時にいけます?」
ネコさんは右に左に指を振りながら言った。ネコさんが指差した穴の前では魔力体が強い光を放ちながら旋回していた。
「や、やってみます」
と、レイオンさんは杖を強く握って答える。
「じゃあ、ミツメ君はあそこからあそこまで、全部お願いね」
続けてネコさんは両手を大きく広げながらミツメに言った。その指示と共に魔力体は強い光を放ちながら数百メートルの範囲をキラキラと照らしだす。ざっと数えても数十個の穴が魔力体によってマーキングされているようだ。
「分かりました」
ミツメにしては素直に答えていた。
「その代わり、今日の取り分は増やして下さいよ。イヨより働いてるんだから」
と、思ったが、そんな事は無かった。
「イヨ君より活躍出来たらね」
ネコさんはそう言うと、自身も攻撃魔法の詠唱に取り掛かった。
「さぁ、準備は良いかな」
レイオンさんの詠唱が終わったのを見て、ネコさんはゆっくりと口を開いた。
ネコさんは上級魔法を発動する影響で見た目が少し変化していた。頭の上には漫画のような見たまんまの天使の輪っかが浮かび、背中には白い翼も生えている。
「わぁ、天使みたい」
と、トトが小さく零すと、
「みたいじゃなくて、天使なんだよ。トトちゃん」
と、耳ざといネコさんが素早く返した。
「壁に見えるあの穴にコボルトナイトが隠れているみたいです。ざっと数えた感じだと百体前後かな。まだこちらには気が付いてないみたいだけど」
「あんなのが百体も……」
トッドさんは小さく言うと、ごくりと喉を鳴らした。
「私たちの魔法で半分くらいは削れたらいいんだけど、もし無理だったら結構厳しい持久戦になると思います。だから、みんな絶対に離れないで、落ち着いて、固まって行動してね」
「それじゃ、頑張ろうか」
ネコさんの言葉に全員が頷いた時、どこかで石と石をぶつけたような鈍い音が響いた。
「なんの音?」
音が聞こえた方へ全員が振り返る。
「あァ、ア、こンにチは」
暗闇からざらついた獣のような声が返ってきた。
その不気味な声に誰もが動けずにいると、ネコさんが突然その声が聞こえた方向へ詠唱無しの上級防御魔法を唱えた。
「みんな、私の後ろに隠れて! 早く!」
ネコさんの声のすぐ後、不気味な声が聞こえた方向から強烈な光が発せられた。




