第41話 トトという黒魔導士について⑤
「結論から言うと、あの獣人はコボルトロードではありませんでした。ただのコボルトナイトです。しかし、レベルがとんでもないことになっていました」
「レベル?」
ネコさんが短く聞き返す。
「さっきの獣人――コボルトナイトのレベルです」
光の粒となって消え去った獣人の跡を指差してレイオンさんが答える。
「いくつだったの」
「七百二十です」
その数字にミツメ以外の四人の表情が暗くなった。
七百二十というレベルはこの六人の中でも三番目に高い数値だった。そんな高レベルなモンスターでさえ、このクエストではボスモンスターではない。その異様な現状に俺とミツメ以外の口が塞がっていた。
「いや、そんなもんでしょ。それより、さっさとボスを倒して帰りましょうよ」
ミツメが少し離れたところから冷たく言い放つ。
「そうだね。レベルだけで強さは決まらないからね。いっちょやってやりますか」
「そうですよ、サチさん。レベルばっかり高くて弱い奴だっているんですから」
ミツメの声が俺の方へ向けらたのが分かった。
俺は即座にしかめっ面を作ってミツメを睨み返す。
それからは小規模な戦闘を何度か繰り返し、ダンジョンの奥底へと更に進んで行った。出現するモンスターのレベルは変わらずに高いままだったが、戦っていく内に被害は少なくなっていった。全員が高レベル帯の戦闘速度に慣れ、連携も即席パーティにしてはそこそこ上手く取れ始めているようだった。
「イヨ君、少し後ろで休もうか。前はトッドさんとミツメ君にお願いするから」
ネコさんに肩を叩かれ、俺は足を止めた。
「いや、全然大丈夫ですよ」
振り返って言った。トッドさんは反応速度と防御力に難があるし、ミツメはそのトッドさんを簡単に切り捨てて単独行動する恐れがあった。
「いいから、ボス戦を前にイヨ君に倒れられたら私の計画が全部水の泡なんだよ。これも作戦の内だからさ、後ろでトトちゃんを守ってあげてよ」
「サチさんの言うことを聞いとけ、イヨ」
「任せて下さいよ、イヨさん」
ミツメに言われるのは癪だったが、俺はそのままミツメとトッドさんに先頭を譲った。そして、列の最後尾を歩いていたトトさんと並んで再び歩き始める。
「あの、どうかしました?」
少しして、トトさんの視線に気が付いた。トトさんは前を見て歩きながらも、こちらの様子をチラチラと絶え間なく窺っているようだった。
「あ、いや、ちょっと……。イヨ、さんにお願いがあって」
トトさんは前を見たまま言った。
「お願い?」
「うん、じゃなかった、はい。イヨ、さんって多分だけど、私と同じくらいの歳だと思うし――あ、でも、ゲーム内で作ったキャラだったら分からないか。どうしよ。でも、いいか。あ、え、えっと、と、とにかく! とにかくね!」
トトさんは一人であたふたと慌て始めると、それらを全部どこかへ放り投げるようにして言葉尻をまとめた。
「イヨ君って呼んでも良い? じゃなかった。呼んでも良いですか? 私のことも好きに呼んでもらっていいから」
少し声が大きくなったからか、前列のネコさんとレイオンさんがこちらを振り返った。
「二人ともー、どうかしたー?」
ネコさんがにやけた顔で言う。恐らく天使の索敵能力で今までの会話は全て筒抜けなのだろう。そういう顔をしていた。
「なんでもないです」
俺は短く答える。
「そっか、なんでもないのかー。りょーかーい」
ネコさんがにやけたままの顔で言った。
俺は前を向き直したネコさんの耳を観察した。髪を括っているおかげでネコさんの白い耳の全貌がハッキリと目視できた。そして、その耳がピクピクと細かく動いているのもしっかりと見て取れる。
「盗み聞きは良くないですよ、ネコさん。索敵に集中してください」
隣を歩くトトさんにも聞こえないよう、息を吐くように囁いた。すると、ネコさんの白い耳がピクリと一瞬だけ動き、それからはピクリとも動かなくなった。
盗み聞きの心配が減ったところで俺は口を開く。
「イヨでもイヨ君でも好きなように呼んで良いよ。俺もそっちの方が慣れてるし」
同年代に見える雰囲気や話し方だからか、俺としてもその方が気が楽だった。
「じゃあ、イヨ君って呼ぶね! 私のこともトトでもトトちゃんでも好きなように呼んでね。オススメはトトちゃんだけどね」
「トトちゃん?」
そう言われてつい言葉にしてみたが、あまりの恥ずかしさに慌てて口を塞いだ。
「トトにしとくよ」
「ねぇ、イヨ君はなんでそんなにレベルを上げてるの?」
白き翼のヘペロニの面々は世間話が好きなようで、トトもトッドさんと同じように事ある毎になんでもない話題を投げかけてきた。
「ゲームをクリアしたいから」
しかし、気を遣わないでいいからか、トトの質問に答えるのはトッドさんよりかは随分と気が楽だった。
「それってつまり、魔王を倒すってこと?」
「まぁ、そういうこと」
「へぇー、凄いね。イヨ君だったらいつか倒せるかもね」
トトはこの状況でもあまり緊張していないように見えた。むしろ、会話を交わすごとにリラックスしていってるようにも見える。
彼女が所属するギルドのギルドマスターと副ギルドマスターは緊張と恐怖で足が重そうだというのに、トトの足どりはどこかピクニック気分のようだ。
「トトはなんで白魔導士になったんだ? 白魔導士はレベル上げとか結構大変だろ」
俺もそんな『トト』という少し変わったプレイヤーに興味が湧いたのか、無意識の内に彼女に訊ねていた。
「うーん、みんなと冒険するのが好きだからかな。誰かと助け合いながら冒険するのって楽しいし、だから、私自身は強くならなくもいいかなって」
「へー。いや、まぁ、そういう人もいるか」
俺はその答えをなんとか自分の中で納得させてみた。トトの気持ちは正直よく分からなかったが、それぞれの役割を楽しんでいるのだろうと思う。多分。
「だからさ、今日も凄く楽しかったよ! みんなで協力してここまで来れて、ドキドキしたなぁ。こういう地下ダンジョンも初めてだったんだよ、私」
トトはそう言うと、踊りだしそうな勢いでその場でくるりと一回転した。
「でも、自分で敵を倒した方が楽しくないか? 達成感とかさ」
俺がそう訊ねると、トトはコテンと首を傾げた。
「どうだろう。楽しいのかな」




