第45話 トトという黒魔導士について⑨
「そりゃそうですよ。このゲーム自体がそうじゃないですか。魔王の存在にしたってそうだし、元々ゲームをクリアさせる気がないんですよ。ここの運営は」
何を今更なことを言ってるですか。と、俺は笑って答えた。
「ま、そうだよね。……そうだったよね」
ネコさんは短く言って押し黙った。
俺はその沈黙の理由が気になり、ネコさんの前にふよふよと浮かんでいた魔法文字の一つを手に取ってみた。すると、すぐに視界の中に短い文字列が表示された。
『名称:コボルトメイジ レベル:八百二十』
簡易的な鑑定魔法だった為、表示される情報はこれだけだった。しかし、絶望を味わうにはこの二つの情報だけで十分だった。
「コボルトメイジ、レベル八百……」
意味も無く目の前の単語を口にした時、ネコさんが俺の肩を叩いた。
「みんなを連れて帰るよ。このダンジョンは私たちにはまだ早かったみたいだ」
「……」
「さぁさぁ、イヨ君は帰還の魔法の用意をしてて、私はみんなを連れて来るから」
返事が出来ずにいると、ネコさんは俺に防御魔法を唱えてからもう一つの戦場へと飛び立った。
何度か深呼吸を繰り返すと、頭の中に漂っていた靄がいくらか晴れてきた。
簡単な話だった。今の自分ではこのクエストを達成するのはほとんど不可能に近い。それならば、また強くなればいい、レベルを上げ続ければいい。
コボルトナイトもコボルトメイジも一人で倒せるようになればいい。そうすれば、自然とこのクエストのボスであるコボルトロードともきちんと戦えるようになっているはずだ。
「どれだけレベルを上げればいいんだろうな」
崩れかけの古城で眠る赤髪の少女を思い出しながら呟いた。
「あ、キミキミ、ここら辺で背の低いヨボヨボのコボルトを見なかった? 僕と同じ灰色の毛をしたコボルトなんだけどさ、調整途中でいなくなっちゃって」
「あぁ、さっきのコボル――」
敵意の全く感じられない自然な声で話しかけられ、俺はつい無防備に返事をしそうになった。しかし、その青年の赤い瞳に体が硬直し、喉元で言葉が止まった。
「プレイヤーじゃ、ないよな」
灰色の髪の毛をさらさらと揺らし、一人の青年が立っていた。
ひょろっと背が高く、一般的なプレイヤーのような旅人の衣装を身に纏っている。しかし、彼の瞳や口元からは、先程討伐したコボルトメイジのような明確な獣の存在感が滲み出ていた。
「あ、別に警戒しなくて良いよ。ザコに興味は無いから。普通に聞きたかっただけ。で、キミは知ってるの? 灰毛のコボルト」
灰毛の男は淡々と言うと、俺の顔をぐいっと覗き込んできた。
俺は咄嗟にコボルトメイジが倒れていた場所から視線を逸らした。コボルトメイジの死骸は少し前に光の粒となって消えていたが、コボルトメイジが着ていたローブや持っていた杖はまだそこに残っていた。
「何か知ってそうだよね、キミ」
灰毛の男は小さく言うと、俺の視線の跡を辿るようにして黒いローブを見つけた。
「ほら、やっぱり。で、あの子をどうしたの? まさか、キミが倒したの?」
俺は破滅の剣の柄を握り直し、灰毛の男に気付かれないように背中で風魔法の詠唱を始めた。この男の風貌や口ぶりからして、敵キャラクターであることは間違いなさそうだった。そして、俺の予感が当たっているのならば、
「だから、そんなに警戒しないでよ。ただ聞いてるだけじゃないか」
「コボルトロードなんだろ、お前」
俺はいくつかの剣士スキルを発動させ、短く言い放った。
「あ、あぁ、そんなことを気にしてたの? そうだよ、コボルトロードとも呼ばれてるね、今は。それで、キミは僕の質問には答えてくれないの?」
灰毛の男はあっけらかんと答え、再び俺の顔を覗き込んだ。その仕草はまるで、俺の顔のどこかに答えが浮かんでくるのを待っているかのようだった。
「俺が倒した」
「キミが? 一人で?」
「一人で」
「それは嘘だろうね。キミは嘘が下手くそだ」
灰毛の男は楽しそうに笑った。そして、質問を続けた。
「どうだった? あの子は強かった?」
「……いや、そこまで」
「えー、そんな筈はないよ。あの子は凄く良い出来だったのに」
俺は出来るだけ時間をかけて質問に答えた。そろそろネコさんがミツメ達を連れて戻ってきてもいい頃だった。
「あぁ、そういうことか。仲間を待っているんだね」
灰毛の男はそう言うと、やれやれと静かに腰を曲げて足元に延びていたトロッコのレールを両手でしっかりと掴んだ。そして、まるで庭の雑草でも引き抜くかのように一息でレールを地面から引き剥がす。
「キミたちに少し興味が出てきたよ」
灰毛の男は手にしたレールを手頃な長さに引き千切り、強引に形を整え始めた。
「あまり武器は使わない主義なんだけど、勉強の為にもね」
剣の形に整えられたレールをブンブンと振り回してから灰毛の男は言った。




