第36話 損得
「母の熱がなかなか下がらないのです」
リリィは静かに話し始めた。それから彼女は母の容態や必要なアイテムの種類、どこに行けば手に入るのかなどのヒントを所々に織り交ぜながら話を続けた。
俺はその話を聞きながら出来るだけ現実に即して考えてみた。どんなモンスターを倒さないといけないのか、道中にどんな危険があるのか、などだ。
「――という訳なのです。どうですか、お力を貸していただけますか?」
「どう、イヨ君? いけそう?」
二人の少女に見つめられ、俺は大きく唸った。
「うーん、無理ではなさそうだけど」
「では、引き受けて貰えるのですね!」
リリィの表情がぱっと明るくなる。
「いや、ちょっと待って欲しい。それからトト、ちょっとこっち」
俺は席を立ち、トトを店の奥へ連れて行った。
「どうしたのイヨ君、リリィちゃんのお母さんを助けてあげようよ」
「トト、あの子の母親を助けたいって気持ちは分かる。だけど正直なところ、このクエストはリスクに見合わない気がするんだ」
申し訳ないと思いつつ、俺は正直な気持ちを言葉にした。
この世界はどこまでいってもゲームの中だ。目の前で困ってる人がいたとしても、それはそういう役割を与えられたキャラクターであり、シナリオの一つなのだ。だから、俺たちがリリィの母親を助けたところでそれはただの自己満足に過ぎない。それなら、どうしたって感情より損得で動くべきだろう。
「イヨ君はそれでいいの?」
そう問われ、俺はすぐに頷けなかった。
ゲームの時ならば間違いなく断っていただろう。経験値も入らない、手に入るアイテムも大したことがない。強くなる上で何のメリットもないからだ。
「いや、よくない気がする」
だけど、なぜか俺は首を縦に振れなかった。きっと俺の中の損得勘定みたいなものは、感情とかいうやつにすっかり流されてしまったのだろう。
「さっすがイヨ君、そうこなくっちゃ!」
トトがグータッチを求めてくる。
「本当に良かったのか?」
俺は曖昧にグータッチを返した。なんだかそこはかとなくトトに騙されているような気分だった。
「という訳で、あとは任せてよ、リリィちゃん。私とイヨ君がばっちりレッドポーションを持ってくるからさ」
席に戻ったトトは自信満々に宣った。
「本当ですか? ありがとうございます!」
それを聞いたリリィは立ち上がって喜んでいた。それから彼女は俺とトトの手を取り、泣きそうな声で何度も「ありがとうございます」と頭を下げた。
その姿はやはりクエストイベント発生前の彼女とは別人に見えた。しかし、俺はそういうNPCがいるのも知っていた。レジェクエの運営は昔からこういった調整がとことん下手クソだったのだ。
「……それでさ、イヨ君。私たちは何をすればいいのかな?」
店を出たトトは少し恥ずかしそうに、しかし堂々と言った。恐らく、リリィの手前クエストを引き受けるとは自信満々に言ったものの、そのクエストの達成方法までは分からなかったのだろう。トトらしいと言えばトトらしい。
「一番簡単なのは王都の薬屋に行って直接レッドポーションを買うことだろうけど、ここからだと少し遠いし、時間もかかるからな」
「ふむふむ」
「レッドポーションくらいなら自分たちで素材を集めて作った方が早いかもな」
「なるほど、調合ってやつだね」
トトがぽんと手を叩いて言った。
レッドポーションの調合はさほど難しくなかった。レシピは暗記していたし、下級のアイテムなので調合スキルも必要ない。素材さえ集める事ができれば今の俺たちでも簡単に作ることができるはずだ。
「じゃあ、この辺りで素材を集めればいいんだね」
「そういうこと。ただ、素材集めで一つだけ問題があってな」
俺はそう言ってから、ゆっくりと腕を組んだ。
トトのことだから万に一つも首を横に振ることは無いと思うが、逆に乗り気になられても困る。そう思うと、少しだけ言い出し辛かった。
「どうしたの?」
「大体の素材はこの辺りで買い集められそうだけど、一つだけ街の中で手に入らない素材があるんだ」
「と、言いますと?」
トトが小さく首を傾げる。いやに察しが悪い。
「モンスターを倒さないといけない。多分、レッドスライムを五匹くらい」
俺がそう言うと、トトの口角がじわりじわりと上がっていった。
「狩りの時間、ってことだね!」




