第35話 アイコンタクト
トトの視線が俺の胸元へ落ちた。
「その子? 何を言ってるんだよ、トト。まったく」
笑いながら視線を下に向けてみると、白く細い手が視界の端から伸びていた。その手はプルプルと震える手でスプーンを握り、俺のかき氷の山の一角をサクサクと削り取っているところだった。
「うわっ!」
俺は慌てて立ち上がり、その手の持ち主を見た。
「あ、え、えっと、こ、こんにちは。か、かき氷、頂いてます!」
「こ、こんにちは。いや、それは別にいいけども……」
そこには何故か照れ笑いを浮かべる黒髪の少女が座っていた。
歳はおそらくトトより少し下くらいだろうか。長く伸ばした髪というより、無造作に伸ばされた黒髪が白い首筋を縁取るように流れている。まつげは長く、唇が薄い。全体的にどこか儚い印象を持ち合わせた少女だ。
「あ、あのー、これ、凄く美味しいですね」
少女はどこか気まずそうに口を開いた。
「あれだったら、全部食べてもらっても構わないけど」
俺がそう提案すると、少女は少し悩んでから首を横に振った。
「いえ、悪いですよ。私が注文した商品じゃないですし」
そりゃそうだ、と思いつつも俺は再度かき氷をすすめてみることにした。
「いや、俺はもう満足してたとこなんだ。食べてもらった方が助かる」
「え、そうなんですか。じゃあ、遠慮なく。これも人助けってやつですね」
少女はかき氷の器を器用に自分の方へ滑らせ、カツカツと音を立てて食べ始めた。その時、俺はトトからのアイコンタクトに気が付いた。絶え間なく目をぱちくりさせている。恐らく『イヨ君の知り合い?』と問いたいのだろう。
「いや、全く知らない。誰なんだろうな、この子」
俺は普通に声に出して答えた。トトはこの少女に気を遣ってアイコンタクトにしたのだろうが、俺はこの少女に気を遣う必要はないと思った。別にかき氷を取られたからという訳ではなく、この少女もそんな事を気にしないと思ったのだ。
「食べてるところ悪いけど、君は誰? どこから来た?」
「っつー。いたたたた。ちょっと待って下さい!」
少女はスプーンをテーブルの上に落とし、トントンと自分の側頭部を叩きながら答えた。先程のトトと同じような状態だ。
「あたたたた。ごめんなさい、えっと、私はリリィと言います。この街に住んでいます。あなた方は冒険者ですよね?」
「まぁ、一応」
俺は短く答え、再び少女――リリィの恰好を見た。リリィは地味な茶色のスカートに白いブラウスを着ていた。確かにどこにでもいる町娘のように見える。
「最近は冒険者の方をあまり見かけないので、少し気になっちゃって」
「それで俺たちの後をつけてきて、俺のかき氷を盗み食いしたと」
「まぁ、そういうことになりますね。でも、普段はそんな事しないんですよ。でも、なぜか今日に限って魔が差したというか、手が勝手に伸びたというか」
リリィは申し訳なさそうに頬を掻いた。
「ところで、お二人は王都に行ったことはありますか?」
リリィの声色が突然変わった。軽い感じの喋り口調から機械的な固いイントネーションの話し方になった。
「……いや、まだないかな」
俺はトトと目を合わせてから答えた。このようなNPCの話し方の変化には覚えがあった。この場合は恐らく、クエストの依頼だ。これまでの会話のどこかで知らず知らずのうちにイベントの発生条件を満たしてしまったのだろう。
「そうですか、実は母が体調を崩してしまって、レッドポーションがどうしても必要なのです。もしよろしければ、お力を貸していただけませんか?」
リリィの話し方が急にしおらしくなる。恐らくリリィの「冒険者ですよね?」という問いに対し、俺が頷いたことでこのクエストが発生したのだろう。
「申し訳ないけど、今はちょっと先を急いで――」
断ろうとした時、トトが再びアイコンタクトを送ってきた。目をぎゅっと閉じ、ぱっと開ける。これを二回。恐らく『助けてあげようよ』と言いたいのだろう。
「難しい気がするけどな」
俺はそう言い添えから少女の方を見た。
「力になれるかは分からないけど、話だけでも聞かせて貰えないか」
「本当ですか! ありがとうございます!」
リリィはさっきまで俺のかき氷を盗み食いしてたとは思えないほどに純真な笑顔で俺の手を取った。




