第33話 偽イヨ
「相変わらず見た目の迫力が凄いね」
「俺がいた頃はもう少しまともだった気がするんだけどな」
ギルドハウスの前に辿り着いた俺たちは、しばらくその派手な外観に見呆けていた。昼間からギラギラと輝くネオンの看板、独特な色使いで塗装された外壁、増築の繰り返しでアンバランスとなってしまった上層階。まるで子どもが積み木遊びで作ったような建物のようだった。
「こんにちは。何か御用でしょうか? こちらの門から内側は、当ギルドが管理する敷地となっております」
門扉の横から壮年の男が現れた。漆黒の燕尾服に身を包んだ男だった。艶のある黒髪を丁寧に撫でつけ、銀縁の眼鏡を通して静かな視線をこちらに送っている。
「あ、ルイスさん。お久しぶりです」
思わず声が出た。彼には良く見覚えがあった。俺が黒猫の尻尾に所属していた時からこのギルドハウスを管理していたギルドキーパーだ。
「……申し訳ございません。私の記憶が確かであれば、お会いするのは初めてかと存じます。もし差し支えがなければ、お名前をお聞かせ願えますか」
「あ、そうですよね。こっちの勘違いだったみたいです。すみません。俺はイヨって言います。こっちはトト」
「イヨ様とトト様ですね。改めまして、私はルイスと申します。黒猫の尻尾のギルドマスターであるネコ様より、このギルドハウスの管理を任されております」
ルイスさんが記憶しているのはゲームの中のイヨであって、現実の俺ではない。姿形は似ていても、ゲームのイヨと現実のイヨは彼から見れば別人なのだろう。そう理解したつもりでも、知人に忘れられるというのはやはり悲しい気がした。
「あの、ルイスさん。ギルドハウスの中って見学とか出来ないですか?」
トトが小さく手を上げて言った。
「問題ございません。ご案内いたします」
ルイスさんは静かに門を開けると、滑らかな動きで踵を返した。
「どうぞ、こちらへ」
そう言ってルイスさんは俺たちを先導するように歩き始めた。
「黒猫の尻尾へようこそ。こちらは受付ホールとなっております」
ギルドハウスの扉をくぐると、やたらと広い受付ホールが待ち受けていた。これもやはり目立ちたがり屋のギルドマスターの趣味なのだが、当時はこの受付ホールに溢れ返るほどのギルドメンバーが黒猫の尻尾に在籍していた。
「広くて綺麗。イヨ君、良いとこに所属してたんだね」
石畳の床は綺麗に磨かれ、各所に配置された机や椅子、掲示板までもが丁寧に掃除されていた。
「ルイスさんがやってくれてるんだよ」
俺は当時を思い出して答えた。俺がクエストから帰ってきた時、モンスターの討伐から帰ってきた時、いつもルイスさんが黙々とギルドハウスの掃除をしていた。
今思い返すと情けないことだが、俺はその時もレベル上げに夢中で、ルイスさんに「ありがとう」の一言も伝えることができていなかった。
「あ、見て見て、イヨ君の名前があるよ!」
トトが壁面の掲示板を指差して声を上げた。
見てみると、掲示板の隅に一枚の木札が掛かっていた。その木札には確かに『イヨ』と書かれているようだ。記憶は曖昧だが、恐らく俺がクエストの受注の際に使っていた木札だろう。
「クエスト受注の予約札だったかな。懐かしいな」
手に取ってみると、名前の隅に小さな文字で何か書かれている事に気が付いた。
「レベルバカって書いてあるね」
書かれている文字をトトが口にした。
「レベルバカ、だって」
噛みしめるようにトトが繰り返す。
「レベルバ――」
「もういい、トト。あっちいっとけ」
しつこいトトに背を向け、俺は他の木札も手に取ってみた。
「本当に懐かしいな。これはネコさんのだろうな。こっちはミツメ、このボロいのは黒騎士さんらしいな。こっちは寿司スキーさんか」
懐かしい名前が沢山あった。もちろん俺の知らない名前も沢山ある。しかし、かつての仲間たちの足跡を辿っているようで自然と笑みが零れた。
「イヨ君ー! こっちこっち、こっちにもイヨ君の名前があるよ!」
今度は受付机の前でトトが声を上げた。俺は木札を元に戻し、ゆっくりとトトの元へ向かった。
「見てこれ、イヨ君の似顔絵だよね? 下にバカイヨって書いてるけど……」
受付机の端にイタズラ書きがあった。そこには多少悪意を感じる俺の似顔絵と多少悪意の感じる俺の名前が、強い筆圧で書き殴られていた。
「懐かしいですね。以前、この黒猫の尻尾にはイヨ様と同じ名前の方がいらっしゃいました。これは恐らく、あの方の似顔絵でしょう」
部屋の隅にいたはずのルイスさんがいつの間にか背後に立っていた。
「黒猫の尻尾にいたイヨって人は、どんな人だったんですか?」
面白半分にトトが質問する。
「大変素晴らしい方でしたよ。非常に真面目で、目標に向かってひたむきに努力されておりました。ただ、事情を知らぬ者からは勘違いされる事も多かったようで、大変な苦労もあったかと思われます」
「なるほど、なるほど。真面目な人」
トトは大きく頷くと、俺の顔を見て優しく微笑んだ。それはまるで「良かったね」とでも言わんばかりの生温い笑顔だ。
「もう帰るぞトト」
「えー、もう少し見て行こうよー」
「今日はかき氷も食べに行くんだろ。それに、馬車の時間もあるだろうし」
俺は適当な理由を並べてトトの背中を入り口の方へと押しやった。気恥ずかしさもあったが、トトに揶揄われるのも何だかむず痒い感じがあった。
「わかったよ。でも、また絶対に来ようね」
トトが仰け反りながら言う。
「約束だよ」
その言葉に、俺は一度だけ小さく頷いた。
「お帰りでございますね。それでは玄関までご案内いたしましょう」
ルイスさんは最初に案内してくれた時と同じように滑らかな動作で踵を返すと、俺たちを先導するように静かに歩き始めた。
「それでは、どうぞお気を付けて」
ルイスさんは門を開けると、胸元に手を添えて静かに一礼した。
「あの、ルイスさん」
「なんでしょう、イヨ様」
俺が声をかけると、ルイスさんは体をこちらへ向けて答えた。
「今の今まで忘れてたんですけど、この間このギルドに所属していたイヨって人に会いました。それで、その時にイヨさんに伝言を頼まれていたんです。ギルドキーパーのルイスさんに伝えてくれって」
「イヨ様が、私にですか? それで、イヨ様はなんとおっしゃっていましたか?」
ルイスさんの表情に僅かに驚きの気色が滲んだ。
「いや、あの、全然大したことじゃなかったんです。ただ、ルイスさんに、ありがとうございました、と伝えて欲しいと頼まれただけで」
罪悪感からなのか、俺はルイスさんの顔を全く見る事ができなかった。
「……そうですか、そうでしたか。イヨ様、わざわざお言付けをお伝えいただき、ありがとうございます」
その時になってやっと、俺はルイスさんの顔を見る事ができた。
「あの、ルイスさん、もしかして笑ってます?」
ルイスさんの顔が微かに笑っている様に見えた。
「あ、いえ、失礼しました。そのようなつもりはなかったのです。ただ、少し懐かしい感じがしたもので」
ルイスさんは咳払いを一つすると、いつものように表情を引き締めた。
「イヨ様、差し支えなければ、私からもお言付けをお願いできますでしょうか。あの方にお会いになられた折に、お伝えいただければと存じます」
「それはもちろん。任せて下さい」
俺が胸を叩いて答えると、ルイスさんは静かに口を開いた。
「では、このようにお伝えください。私はいつでもイヨ様のお帰りをお待ちしております、と」
「……分かりました。彼に会ったらきちんと伝えておきます」
「ありがとうございますイヨ様。心より感謝申し上げます」
ルイスさんは再び胸に手を添え、静かに頭を下げた。
「それでは、どうぞお気を付けて。またのお越しをお待ちしております」




