第33話 黒猫の尻尾
「やっと見えてきたね、シュトルヘイム!」
太陽が俺たちの頭上を越えていった頃、街道の先に古都の姿が見えてきた。
ロコンさんに貰った旅人の服のおかげだろうか、道中はほとんど休む事なく歩き続ける事ができた。普段から装備に無関心なトトでさえ「これって普通の服?」と気に掛けていたようだし、ロコンさんの言っていたようにこの旅人の服は本当に良い品物だったのかもしれない。
「街についたらこの服のことも調べてみるか」
ふと気が付くと、トトがこちらをじっと見ていた。
「イヨ君、そろそろお腹空かない?」
目が合ったトトが小さく言う。
「そういえば、少し腹減ったな」
「それじゃあさ、かき氷とか食べたくない? 食べたいでしょ? 今日も凄く暑いもんね、ふぅ」
やけに芝居がかった台詞だった。察するに、トトはどうやらかき氷が食べたいらしい。よくよく見れば、その欲望が表情にも現れている気がする。
「かき氷か、そういえば最近はあんまり食べてなかったな」
「じゃ、じゃあ、シュトルヘイムについたら探してみようよ!」
トトが俺の正面に回り込んで言った。
「そうだな。久しぶりに食べるか。かき氷」
そう言うと、トトは喜びを顔に滲ませながら、しかし、なんでもないように再び歩き始めた。
「そこの二人、ちょっと止まりなさい」
シュトルヘイムは高い外壁に囲まれた街だった。北と南には頑強な鉄門が設けられ、そこには昼夜を問わず武装した門兵が立っている。
「ちょっとちょっと、君らのことだよ。止まって止まって! ええーっと、君らは冒険者かい? あまり見ない顔だけど……」
行商人の列に乗って門をくぐろうとした時、門兵の一人に呼び止められた。こんなことを言っては兵士の彼に気の毒だと思うが、凄く気の弱そうな男だ。
「はい、冒険者です。冒険者協会のバッジも持ってます」
「持ってます!」
俺とトトは揃って冒険者バッジを提示した。
「あぁ、そうだったんだね。呼び止めちゃってごめんね。じゃあ気を取り直して、ようこそ古都シュトルヘイムへ。ここはなかなか良い街だよ」
門兵の男は明るい笑顔でそう言うと、元いた場所に走っていった。俺はトトに少し待ってて欲しいと伝え、すぐさま門兵の男を追いかける。
「あの、すみません」
「あれ、どうしたの?」
男は驚いたようにこちらを見た。
「この街で美味しいかき氷が食べられる店とか知りませんか?」
そう訊ねた瞬間、男の顔が綻んだ。
「ははは、何事かと思ったよ。かき氷だったら、そうだね、ブルーバードっていう店がおすすめかな。店先に青い鳥の看板が出てるからすぐに分かると思うよ」
「ありがとうございます」
俺は礼を言い、再び行商人たちの列に戻った。
「どうかしたの? イヨ君」
「ちょっと街の事を聞いて来た」
俺が門兵の男を振り返った時、彼は何故か嬉しそうな顔で親指を立てていた。
鉄門をくぐると古都の街並みが目の前に広がった。
石造りの建物が整然と並び、入り組んだ路地はまるで迷路のようだった。街全体は白を基調としており、昼下がりの陽光を受けて淡く輝いている。
と、その中に、一際大きな建物が目に入る。いや、目に入ってしまう。
「あの建物って、イヨ君が入ってたギルドのギルドハウスだよね?」
「多分……いや、絶対にそうだろうな。俺がいた時よりデカくなってるけど」
俺とトトは揃って言葉を飲み込んだ。
古めかしい石造りの街並みの中、その建物だけが異質だった。派手な装飾が施された外観は周囲から完全に浮いており、増築を繰り返されたであろう建物の上部はどこか不格好な姿を晒している。
「行ってみる?」
「行ってみるか」
俺はそのとても趣味が良いとは言えない古巣に向けて歩き出した。
一歩踏み出すごとに思い出されるのは、個性的なギルドマスターとの日々、あとは、当時仲の良かった性格のひねくれた剣士との冒険の日々だった。




