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二階堂合戦記  作者: 犬河兼任
第十三章 関ヶ原へ至る道
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1599-5 毒針

<1599年 4月上旬>


 京洛の春風に混じって届いた一通の書状が、二階堂屋敷の空気をにわかに張り詰めさせた。


 大坂の前田屋敷にいるおまつ殿から、急使によって前田利益宛てにもたらされたものである。

 したためられていたのは、夫である大老・前田利家の容態がにわかに悪化しているという悲痛な報せ、そして——利家本人が、どうしてもこの俺、二階堂盛義に直接会いたがっているという切実な要請である。


 書状を読み終えた利益は、いつもの飄々とした傾奇者かぶきものの仮面を脱ぎ捨て、その巨体を折るようにして俺の前に深々と平伏した。


「……義父殿。叔父御の命、もはや幾ばくも持ちますまい。無理を承知で頼み申す。どうか大坂へ赴き、叔父御の最期に言葉を交わしてやってはくださらぬか」


 かつて荒子城を追われ、利家とは幾度も衝突や確執を繰り返してきた利益である。

 だが、おまつ殿に我が子同然に可愛がられ、前田の名を持つ男として、死にゆく一族の長を想う情までは捨てきれていなかったらしい。


 俺は苦笑を浮かべ、深く頭を下げ続ける利益の太い肩を軽く叩く。


「そんなに申し訳なさそうな顔をするでない、利益。加賀大納言殿は豊臣の天下を支える大黒柱よ。頼まれずとも、こちらから見舞いに参るつもりでおったわ」


「……感謝いたす、義父殿」


 顔を上げた利益の瞳には、珍しく素直な謝意が浮かんでいた。

 伏見での政務の手配を急ぎ整え、俺は前田利益のみを供に連れて、再び淀川を下り大坂へと向かう。






 慶長四年三月九日。

 大坂・天満の前田屋敷は、重苦しい沈黙と張り詰めた空気に包まれている。

 案内された奥の書院の襖が開くと、鼻腔を突いたのは濃密な薬湯の匂い、そして——隠しようもなく漂う、あの独特の「死臭」であった。


 部屋の奥には、敷かれた布団の上で辛うじて身を起こした前田利家の姿がある。

 かつて「槍の又左」と恐れられ、大柄な体躯に漲る覇気で周囲を圧していた猛将の面影は見る影もない。

 落ち窪んだ両眼、土色に変色した肌、枯れ木のように痩せ細った腕。

 その弱り切った巨躯を、嫡男の前田利長とおまつ殿のふたりが、左右から懸命に支えていた。


 その光景を目にした瞬間、俺の脳裏を過去の記憶がよぎる。


 古くは若き日に丸森に押し入って初めてその顔を見た祖父・伊達稙宗。

 近くは豊臣政権の屋台骨であった豊臣秀長。


 俺が病床を見舞った後、程なくしてこの世を去っていった偉大なる先人たちの姿だ。

 利家の全身から立ち上る気配は、まさに彼らと同じ、死の淵に片足を踏み入れた者のそれであった。


「……おお、左京亮殿。遠路、よう参られた……」


 利家は掠れた息混じりの声で、力なく口元を歪める。


「お加減が優れぬと聞き、急ぎ駆けつけ申した。どうぞお身体を横になされてくだされ」


「よい、よいのじゃ……。こうして起きておらねば、二度と目覚めぬ気がしてならんでな……」


 利家は自嘲気味に笑うと、落ち窪んだ瞳の奥に、かつての英気を取り戻したかのような鋭い光を宿らせた。


「左京亮殿……儂の命は、もう幾日も保つまい。己の死期くらいは、長年戦場を駆けてきた身ゆえ、痛いほどによく分かる」


「叔父御殿、弱気なことを申されますな」


 後ろに控える利益が低く声を絞り出すが、利家は弱々しく首を振る。


「無駄な気休めを申すな、慶次郎。……儂が逝けば、豊臣と徳川と伊達の均衡は崩れる。内府(徳川家康)の天下への野心を止める手立ては、もはや武力にはない。儂が生きている間に、せめて内府とは膝を突き合わせ、奴が秀頼君を廃する道を選ばぬよう、何としても説得してみせるつもりじゃ」


 利家は苦しい息の下から、途切れ途切れに己の覚悟を吐露していく。

 この男は、徳川家康が天下人となる時代の趨勢を、とうに受け入れ、覚悟していたのだ。


「包み隠さず申せばな……もはや豊臣が天下を治め続けることなど無理であろう。今の岐阜中納言(織田秀信)殿のように、次の天下人の下で一大名、名族としての扱いを受け、秀頼君の居場所が安泰に残されさえすれば、それで御の字であろうよ……」


 織田信長に仕え、秀吉とともに乱世を駆け抜けた利家だからこそ、武家の権力移譲の冷徹さを誰よりも理解しているのだろう。

 かつての主家である織田家が岐阜中納言として命脈を保っているように、豊臣家もまた、天下人の座を降りて血筋を保つ道こそが唯一の生存戦略であると見極めていた。


「されど、儂が死んだ後、内府がその約定を違えぬよう、豊臣の側に立って内府と渡り合える者がおらねばならん。……左京亮殿、儂に代わり、その役目を引き受けてはくれまいか」


 痛切な眼差しで懇願してくる利家に、俺は冷静に視線を返す。


「何を仰せられますか。御身の後を継ぎ、豊家を支えるべきは、ここに居られる利長殿でありましょう」


 だが、利家は吐き捨てるように、即座にそれを否定する。


「利長ではいかん! こやつが儂の代わりを務めようとして内府や政宗と張り合えば、前田の家を叩き潰されるだけよ! 利長、よいか、決して徳川、伊達と正面から対決するなどと愚かな真似はいたすな!」


 父の容赦のない直言に、利長は唇を噛み締め、悔しげに俯くしかなかった。

 利家はさらに呼吸を荒らげながら続ける。


「……石田治部もいかん。あれは理屈に明るいが、人の情と戦の機微を知らぬ。あれに任せていては、無用に事を大きくし過ぎて、天下を焼き尽くす大乱を招くだけぞ!」


 的確すぎる人物評に、俺は背筋が寒くなるのを覚える。

 そして利家は、付き添うおまつ殿の手を借りて深々と頭を下げ、とんでもない爆弾を投げつけてくる。


「左京亮殿……儂はそなたを、儂に代わる『秀頼君の後見役』に推す遺言を残すつもりじゃ。頼む、隠居などという逃げ道は諦めてくれ。かつて孫七郎(豊臣秀次)を支え抜いたように、秀頼君の盾となってやってはくれまいか……!」


 ——な、なんだってええええッ!?


 心の中で思わず絶叫した。

 昨年の秋、伏見城の死床にあった豊臣秀吉から「秀頼を頼む」と迫られるのを、千利休の未練を口実にした抹茶ミルクの一杯で煙に巻き、あまつさえ太閤がボケてくれたおかげで間一髪すり抜けたというのに!

 秀吉からの後託ちを回避できたと安堵していたら、まさかここへ来て前田利家から同じ爆弾を押し付けられるとは思わなかったわ。


 そうでなくても、かつて豊臣秀次の付家老として完璧に立ち回りすぎた結果、政敵の讒言を招き、豊臣秀吉の警戒を買って豊後臼杵へ左遷された苦い経験があるのだ。

 今さら豊臣秀頼の後見などという、豊臣の権力闘争のド真ん中に担ぎ出されてたまるか。


「……恐れながら、何ゆえそこまでこの盛義を買い被られまするか。結果、秀次公を支えられなかったそれがしのような者に、豊家の命運を託すほどのご評価をいただく謂れはござらぬはず」


 問い返す俺に対し、利家は力なく、だがどこか愛おしむように笑ってみせる。

 そして、かすれた声に確固たる熱を宿らせて語りかけてくる。


「買い被りなぞではない……。唐入りにおいて、そこもとが豊臣が二つに割れぬようにいかに表と裏で駆けずり回っていたか。おまつを通じて、儂の耳にも入ってきおったわ」


 利家のその言葉に、俺は息を呑んだ。

 病床の老将は、俺の背後に控える男へすっと視線を向ける。


「……のう、慶次郎よ」


 その一言で、俺の頭の中で全ての線が一本に繋がる。


 文禄年間の名護屋や伏見での立ち回り。

 さらには慶長の役における過酷を極めた朝鮮の地において、第一次蔚山城の戦いで加藤清正ら武断派の将兵を餓死・凍死から救うべく事前に兵糧を運び込み、厳冬の寒気を利用した氷塊造りで渇水すら未然に防いでみせたこと。

 その後の軍目付・太田一吉ら文治派との軋轢や戦線縮小を巡る方針対立が生じた際にも、武断派の諸将が感情的に爆発して決定的な破綻を招かぬよう、俺が矢面に立って泥を被り、そのヘイトを一手に引き受けていたこと。


 そして極めつけは、昨年末の博多でのこと。

 全軍の無事な帰国を果たした直後、島津義弘・忠恒親子の遅参や秀吉薨去の秘匿を巡って爆発寸前となった慰労の宴席で、武断派と文治派が一触即発の修羅場になりかけたところを、俺が間に入って必死に宥め、大乱闘を寸前で防いだ一件まで——。


 ——この前田利益の野郎、朝鮮の陣中からも、そして帰国後の博多からも、折に触れておまつ殿へこまめに文を送り、義父のその奮闘ぶりを面白おかしく書き送っていたのだ!

 そしておまつ殿は、当時まだ伏見で政務に奔走していた利家への語らいの種として、それらの報せを余すところなく伝えていたに違いない。


 利益とおまつ殿の絆を通じ、文禄・慶長の役の最初から最後まで、海を越えた異国の地や博多での俺の暗闘と政略の手腕まで、利家の耳に完全に筒抜けだったのだ。


 俺は視線を背後に向け、座っている前田利益をジロリと睨みつけた。

 当の利益はといえば、視線を天井へ泳がせ、口笛でも吹き出しそうな露骨な態度で素知らぬ顔を決め込んでいる。

 この馬鹿野郎、余計なことをベラベラと書き送りおって!


 まずい、まずすぎる。

 前田利家の遺言で秀頼の後見役に指名などされてみろ。

 徳川家康から最大の政敵としてロックオンされるばかりか、石田三成ら西軍諸将から「打倒徳川の神輿」として総帥に祭り上げられる破滅のルートを一直線ではないか!


 冷汗が背中を流れ落ち、いかにしてこの場で角を立てずに断り切るか、必死に思考を巡らせていた——まさにその時であった。


「大殿! 一大事にございまするッ!!」


 張り詰めた静寂を叩き割るような怒声とともに、俺と同年代で見事な髭を蓄えた老齢の武者が、血相を変えて病室の外の廊下に駆け込んでくる。

 加賀前田家の宿老、村井長頼である。


 そのただならぬ気迫に、利家が眉をひそめて問う。


「長頼……取り込み中じゃぞ。何事じゃ、騒々しい」


 村井長頼は肩で息を荒らげながら、平伏して叫ぶ。


「京の島津屋敷にて変事これ有り! ——島津忠恒殿と伊集院忠棟殿が、刺し違えて相果てたとのことッ!!」


 静まり返る病室。

 突如飛び込んできた歴史の激変を告げる報せに、俺は思考が完全にショートし、思わず素っ頓狂な叫び声を上げていた。


「なーにぃーーーーッ!?」





<1599年 4月中旬>


 俺が石田三成を通して伊集院忠棟に忠告したことで、島津家の家中を揺るがす「庄内の乱」は未然に防がれるはずであった。

 ……しかし、事態は誰もが予想だにしなかった最悪の方向へと転がり落ちていく。


 何をとち狂ったのか、忠告を受けたはずの伊集院忠棟は、島津忠恒からの茶席の誘いに乗った。

 あろうことか単身で伏見の島津屋敷に乗り込んでしまったのだ。


 茶室にて忠恒自らが点てた茶を差し出し、忠棟がその茶碗を両手で抱えて口をつけた瞬間——忠恒は点前座の道具の陰から素早く脇差を引き抜き、忠棟の胸元を刺し貫かんと切っ先を突き立てた。

 だが、忠棟は衣服の下に鎖帷子を着込んでいたため、刃は通らず致命傷には至らない。

 刺された忠棟は怯むことなく、帯に差していた扇子の要から仕込み毒針を引き抜くと、組み付いてきた忠恒の太腿へ深々と突き刺した。


 異変を察知して雪崩れ込んできた忠恒の近習たちによって、伊集院忠棟はその場で滅多刺しにされて絶命する。

 しかし、忠棟の針に塗られていたのは劇薬の即効毒であった。

 太腿の傷から毒が全身へ巡った島津忠恒もまた、激痛にのたうち回りながら息絶えてしまったのである。


 俺の庄内の乱回避を目論んだ忠告が、斜め上の方向で忠棟の覚悟を決まらせてしまったらしい。

 俺の忠告通り、もし島津忠恒という男が、国許で必死に兵糧や弾薬を手配して遠征軍を支え続けた大功ある宿老を、自らの手でだまし討ちにしようとするほどの暗君であるならば——。

 生かしておいたら伊集院家と島津家の両家にとって百害あって一利なしと判断し、己の命と引き換えにしてでも、忠恒を排除しようとしたのだろう。

 伊集院忠棟なりの忠義と筋の通し方だったのかもしれないが、歪み過ぎだ。

 結果として残されたのは、底知れぬ大混乱であった。


 この流血沙汰に、京洛の町は大騒ぎとなる。

 そして何より、島津家中はそれに輪をかけた大恐慌に陥る。

 何せ亡くなった島津忠恒は、ほんのひと月前に伯父の義久から家宝「時雨の軍旗」を引き継ぎ、島津宗家の正統なる後継者として天下に認められたばかりであったのだから。


 島津家は、伏見で急ぎ忠恒の葬儀の手配を進めつつ、実父である島津義弘が事の顛末を石田三成に報告し、主君を弑逆した伊集院家を成敗するための追討許可を求めた。

 国許の薩摩にいる島津義久は、日向都城にある伊集院の拠点を即座に封鎖させつつ、上方の島津義弘と連絡を取り合い、空席となった後継の世子を誰に据えるべきかの緊急協議に入る。


 一方の伊集院側も引き下がらない。

 上方に取り残された伊集院忠棟の妻は、「伊集院家は太閤殿下より直々に朱印状を賜った独立大名である」と主張し、大老首座たる徳川家康の屋敷へ駆け込んで島津忠恒の無法を涙ながらに訴え出る。

 しかし、激昂のあまり薩摩弁の訛りが酷すぎて家康側の取次役には何一つ言葉が通じず、徳川家中を余計に混乱させる羽目になっていた。

 また、都城で留守を預かる忠棟の嫡男・伊集院忠真は、父が無惨に討たれた報せを受けて領内の兵を総動員し、臨戦態勢を整えながら事態の情報収集に奔走中であろう。






 とりわけ難航を極めているのが、島津家の後継問題だ。


 島津義久には男子がいない。

 島津義弘の男子はといえば、長男の鶴寿丸は幼くして早逝、次男の久保は文禄の役の陣中で病没、三男の忠恒は今回の刃傷沙汰で相討ち、四男の万千代丸も早逝している。

 ……だが、五男の忠清だけは、史実と違って元気に生き残っていた。


 これも元を正せば、俺が関白秀次の付家老時代に余計な働きをしすぎた影響である。


 史実における島津忠清は、文禄二年(一五九三年)に上洛したものの、上方の地で病を得て二年後に病死している。

 しかし、この世界線では、俺の強い進言によって豊臣秀次が文禄の役に際して肥前名護屋まで出馬したため、島津忠清も上方ではなく名護屋へと向かい、関白であった豊臣秀次に拝謁。

 そこで俺が開発して豊臣秀次に献上していた「玉露」を振る舞われた結果、島津忠清は持病の喘息を劇的に改善させ、今日まで無事に命を繋ぎ止めていたのだ。


 三男と五男の命運が、史実と綺麗に入れ替わった格好である。


 順当に考えれば、唯一生き残っている実子である島津忠清が、島津家の次期当主に据えられるのが道理。

 だが、その流れに猛然と待ったをかけたのが、義弘の正室である実窓夫人だ。


 実窓夫人は、長男・鶴寿丸から五男・忠清に至る五人の男子、さらには伊集院忠真に嫁いでいる娘の御下おしたを含め、義弘の六人の子供のすべてを産み落とした女性である。

 島津義弘がいかに正室一筋の愛妻家であったかが窺い知れよう。

 その実窓夫人が、忠清の当主継承を頑として拒絶したのだ。


 原因は、義久の三女である亀寿との婚姻問題にあった。


 文禄慶長年間における島津家の支配体制は、極めて複雑怪奇である。

 島津家の嫡流は、第十五代当主・島津貴久の長男である島津義久。

 しかし、豊臣政権から公式に島津家当主として認められているのは、次男の島津義弘。

 この二頭体制による家中分裂を防ぐため、男子のいない義久の娘(亀寿)を義弘の息子が娶り、その婿を次代の当主とする政治的取り決めが交わされていた。


 その定めに従い、まず次男の久保が亀寿を娶って世子となったが、文禄の役で戦地にて病没。

 次いで三男の忠恒が、寡婦となった亀寿を娶って世子となったが、今回非業の死を遂げた。

 では、今度は末子の忠清が、再び未亡人となった亀寿を娶るのか——という話になる。


 立て続けに二人の夫に先立たれた寡婦の亀寿は、家中から不吉な存在と見なされても無理からぬ状況にあった。

 おまけに忠恒と亀寿の夫婦仲は生前から最悪であったこともあり、実窓夫人にしてみれば「生き残った最後の息子まで、二度も夫を亡くした女にあてがわれてたまるか」という母親としての強い拒否感が生じる。

 そうでなくとも、亀寿は現在二十九歳、忠清は十八歳と、十一歳も年が離れており、無理が過ぎている。


 島津家中の思惑と母親の情念が激しく衝突し、後継者選びは完全に暗礁へと乗り上げていた。






 この予期せぬ薩摩の火種に頭を抱えたのが、豊臣政権より国政を預かり、天下の調整役を自任する徳川家康だ。


 どう収拾をつけるべきか思案を重ねた徳川家康は、事件のわずか二日後、見舞いと称して大坂の前田屋敷を訪れ、病床の前田利家に意見を求める。

 豊臣政権の今後を二大巨頭が語り合う歴史的な名場面であり、本来なら利家の最期の見せ場となるはずだった会談だが、島津家の刃傷沙汰の落としどころをどうするかという、極めて現実的で泥臭い実務協議の場へと様変わりしてしまう。


 利家から俺を秀頼の後見役に推すなどという恐ろしい世迷言も、この緊急事態の処理に忙殺されたおかげで家康の前では持ち出されなかったらしく、俺は心底胸を撫で下ろした。






 なぜ大坂や伏見の密室で繰り広げられたこれらの一連の経緯を、俺がこれほど正確に把握できているのかといえば——。


 風魔八卦衆に事態を探らせたから、ではない。


 大坂から事件収拾のために伏見へ戻ってきた石田三成が、自ら二階堂屋敷を訪れ、事件を防ぎきれなかった非を詫びるついでに、これまでの一連の経緯を全て明かしてくれたからである。


「左京亮殿には、せっかくご助言を頂戴したというのに……このような仕儀となってしまい、全ったくもって申し訳ない」


 石田三成は深く頭を下げ、痛恨の表情を浮かべていた。

 俺が長年にわたって武断派と文治派の緩衝材を務めてきた甲斐もあり、豊臣家中の緊張はありつつも、石田三成はこうして政務の第一線で奔走を続けている。


 二階堂屋敷を辞する間際、石田三成は真剣な眼差しで俺に意見を求めてくる。


「時に、左京亮殿。徳川内府殿はこの島津の変事に対し、如何ように動くと思われますかな」


 俺は少し考えを巡らせてから、落ち着いた口調で答えてやる。


「徳川内府殿は『臣が君を討つは不義』の理を掲げ、伊集院の成敗を島津家に公認する方向で動くでしょうな。忠棟殿に与えられていた領地安堵の朱印状は一代限りとし、息子の忠真殿への継承を認めず、島津家へ大きな恩を売る腹づもりかと存じます」


 石田三成は我が意を得たりと深く頷き、感嘆の息を漏らす。


「なるほど……左京亮殿の慧眼、誠に恐れ入る。参考にさせていただきます。では、これより島津の屋敷へ出向き、義弘殿と奥方の実窓夫人と直に善後策を詰めてまいりまする」


 石田三成は丁寧な礼を残し、護衛を連れて二階堂屋敷を後にした。


 




 そして石田三成は、何者かに狙撃される。






<1599年 4月下旬>


 石田三成が二階堂屋敷を辞し、島津屋敷へと向かってから半刻ほどが過ぎた頃。

 俺は、庭の縁側に腰を下ろして茶をすすっていた。


 ——パン……ッ。


 春の長閑な空気を切り裂くように、遠く伏見の町並みの彼方から、耳を澄まさねば聞き逃すほどの微かな乾いた音が響く。


 鉄砲の音だ。

 方角は島津屋敷へ向かう大通り。


 俺は茶碗を持つ手を止め、不穏な胸騒ぎとともに名古屋山三郎を呼ぶ。


「山三、島津屋敷の方を見て参れ」


「はっ」


 山三郎は風のように駆け出していった。

 静まり返る屋敷の中で待つことしばし、血相を変えた山三郎が息を切らせて戻ってくる。


「大変でございます、大殿! 石田治部様、島津屋敷へ向かう途上にて何者かに狙撃された由!」


「なに!? それで三成は生きておるのか!?」


「わかりませぬ! 治部様の護衛の者どもが血まみれの治部様を担ぎ上げ、手近な大名屋敷へと駆け込んだとのことにございます!」


 歴史にない未曾有の事態が、またしても俺の目の前で発生してしまった。


「また……やってしまったのか……」


 立ち尽くす俺の口から、重苦しい呟きが漏れ出てしまう。


 もう何度目かわからないバタフライエフェクト。

 今回は一際痛烈であった。






 放たれた銃弾は石田三成の肩口を深く貫いていた。

 急所を辛うじて外れたことで一命こそ取り留めたものの、出血が酷く危険な状態が続いており、当面の間はすべての政務から離れての絶対安静と長期療養を余儀なくされるとのことだった。

 下手人は現場の混乱に乗じて逃走し、行方は杳として知れない。


 五奉行筆頭・石田三成が凶弾に倒れたという噂は、瞬く間に京洛と伏見を駆け巡る。

 島津忠恒と伊集院忠棟の相討ち劇に次ぐ、天下の中枢を揺るがす要人暗殺未遂事件。

 世情はいよいよ沸騰し、街は騒然たる空気に包まれる。


 潜在的な政敵である徳川家康の差し金か。

 豊臣政権による調停と介入を嫌った島津家中の過激派の仕業か。

 あるいは、朝鮮での恨みを募らせていた武断派の誰ぞの暴発か——。


 飛び交う憶測の中、自身へ疑惑の目が向けられることを許すはずもない徳川家康は、「豊臣の法度を乱す不届きな逆賊を断じて許すな」と激怒。

 自らの潔白を天下に示すためと称し、厳格かつ徹底的な下手人探索を指示した。


 そして徳川家康は、伏見城周辺の治安維持と大坂・伏見の警備強化を大義名分として、関東から嫡男・徳川秀忠と数万に及ぶ徳川の大軍を伏見へと呼び寄せたのである。


 街には武装した兵が溢れ返り、もはや戦前夜の様相を呈していた。

 張り詰めた糸がいつ切れてもおかしくない、極限の緊張が上方一帯を覆い尽くす。






 そんな絶望的な空気の中、大坂へ詰めていた前田利益が二階堂屋敷へと戻ってきた。

 その表情は、いつになく沈痛を極めている。


「……義父殿。叔父御が、逝かれました」


 大坂において、豊臣秀頼の傅役として最後の命の炎を燃やし続けていた大老・前田利家。

 豊臣と徳川の危うい均衡をその双肩で支え抜いてきた巨星が、ついに地に墜ちたのだ。


「明日にも、叔父御のご遺体は長持に納められ、おまつ殿の付き添いで金沢へと送られる手はずとなっております」


 利益の絞り出すような言葉に、俺は静かに目を閉じ、深く両手を合わせた。


 合掌。


 豊臣政権において、徳川家康という怪物に唯一対抗し得た巨大な重石。

 その前田利家が世を去り、石田三成が凶弾に倒れて表舞台から姿を消した今、家康の圧倒的な専横と暴走を止められる者は、この天下に誰一人としていなくなった。


 俺の隠居願いなどという些細な事案など、これからこの日ノ本を丸ごと呑み込もうとしている巨大な戦乱の渦の前に、木っ端微塵に吹き飛ばされてしまった。




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― 新着の感想 ―
>激越な感情のあまり薩摩弁の訛りが酷すぎて家康側の取次役には何一つ言葉が通じず ヘ・・・ヘイトスピーチ・・・(違)
予想出来ないダイナミックな展開、面白すぎます! ずっと更新を楽しみにしていたのもあり、すごく嬉しいです! 続きが待ち遠しいです!
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